“その時 抱きとめてくれるひとがいますか”?!-あなたは”青(Blue)が好きですか?- 北野武監督-“HANA-BI”(Fireworks)-“KITANO BLUE”!!-24年目の真実!!-“起”(Introduction)

たとえば今年の2022年。
全世界で公開され
極めて評価の高い"トムクルーズ"主演の
"トップガン マーヴェリック"
(Top Gun"Maverick")という映画作品がある。

映画というひとつの
表現手法においても
その"あらすじ"や"物語の顛末"を
どれだけ調べ知っている"前者"がいたとしても
"リアル"に劇場に出向き
"本物"の映画作品を"直"に
"体感"した者にとっては前者がなんの意味も
なさないのと同様に、
優れた表現作品には
そのような傾向を多分に
内包してきたように思う。

この記事は"1997年"に製作された
日本の映画、北野武監督主演の
"HANA-BI"(Fireworks)に関する私からの
24年間に及ぶ"アーカイブ"(書庫)となる。

"HANA-BI"、
外国でのタイトル名
"Fireworks"とは
北野武が監督主演した映画である。

日本国内でのキャッチコピーは
"その時に 抱きとめてくれるひとがいますか"・・。

北野武監督第7作目の映画である。
日本では1998年に公開される。

北野は第4作『ソナチネ』以降、
海外での認知度と人気は極めて高かったが、
この作品でヴェネツィア国際映画祭
金獅子賞を受賞したことで、
"世界のキタノ"、つまり"世界の
巨匠"と称されることになった。
(それに関しては巻末詳細で述べる予定)

かつて北野映画の多くは
エンターテイメント性が薄いとされ、
(私個人的にはそう思ってはいない)、
激しくも乾ききった暴力描写と
死を常に感じさせる空気などが
日本人観客にまるで受けずに
興行的には大失敗をし続けてきた。
(逆に一連の"アウトレイジ"の
シリーズのような作品は日本でも
大成功している)

特に顕著であったのは
『ソナチネ』が圧倒的な
欧州での人気を獲得したにも
関わらず、日本では大失敗をした。
(それについての詳細も後述する)

しかしHANA-BIが"金獅子賞"という、
見える形での評価を今作で獲得したことで、
日本国内においても"再評価"がようやく
行われることになった。

↑日本国内とは違うフランスでの映画告知ポスター。
日本告知ポスターと違い、
凄味がある。

これを昔から"手のひら返し"
と呼ぶ向きもあるが(映画だけでなく
音楽も同様=例えばYMOの逆輸入的な効果など)、
それ以前(特に第3作の『あの夏、いちばん静かな海』の時点)でも
国内の巨匠や映画評論家の中には
大変好意的な評価を表す人間も少なからずおり、
日本の映画界が必ずしも彼を
冷遇視していたというわけではない。
(映画評論家の淀川長治氏はキタノ映画の大ファンであった)

本作は"キタノ・ブルー”※で
映し出される豊かな風景を獲得した
『ソナチネ』に通じる作風を持ちながらも、
そこに夫婦の関係をはじめとする様々な
情緒的な人間関係の展開が加えられており、
北野映画の中でも一般的には
“入りやすい”作品とされる。


しかし一方で北野映画の中でも、
人間的な情緒の一切を排してとにかく非情で
アナーキーな暴力性のみを
単純に映し出す作風に魅せられたコア・ファンは、
今作に対してかなり強い拒絶反応を示すこともある。
※"キタノ・ブルー"とは?
"キタノブルー"とは

北野武監督が好んで使用する、
”気品”=クールと評価される

ブルー色のことである。
芸術的センスの鋭さから
色彩に深い固執を見せる北野監督は、
映画中で青色を多用する。

映画制作において
無駄な色を一切使用しないように

配慮し続けたことによりそれが
"キタノブルー"という
特殊な手法として認知され、

ヨーロッパ諸国では
極めて高い評価を受けている。

まずは本記事の流れには
起承転結はなく、
"徒然"な散文であることを
当初からお詫び申し上げたい。

そして本記事はHANA-BIに関する
映画の"あらすじ"という顛末は
おおむね暴露されてしまうことを
ご了承願いたい。

【"シネセゾン渋谷"での体験】
・・1998年。
今から24年前の春。
24年も前の過去の衝撃を、
今でもはっきりと憶えている。
そして2022年。
私にはこれまでに
過去50回にも及ぶ
本作品の視聴によって新しい解釈が生じ、
記事掲載する上での
とても大きなモチベーションとなった。
いずれその"気付き"という真新しい解釈は、
改めて記事掲載させて頂きたい。

私は"シネセゾン渋谷"※の
映画館の前方の席にいた。
※"シネセゾン渋谷"は2011年2月27日に閉館

あの頃の私は音楽活動に
全力="全身全霊"を注力していた。

作曲は一瞬に出来ることがあったり、
数週間もかかることもあった。

いずれにせよ1音1音つぶさに制作し、
実際の音源のレコーディングに入る。

そして月に1.2回は
ライブハウスのステージに立った。

東京を拠点に
音楽プロダクションへのアポイント。
その"ルーチン"の繰り返しの中で生活費や活動
軍資金調達の為に"普通の仕事"も強いていた。

当時、
私には寝る暇がなかった。

だから、あの頃の自分の
特技はどこでもいつでも
"眠れる"ことだった。

ライブハウスの楽屋でもクラブでの出演前でも
長椅子さえあればいつでも寝た。

どんなに高いチケットで楽しみにしていた
演劇の公演においても
何か退屈さを感じれば1.2分あれば
熟睡してしまった。

それは例えば、
"佐野史郎"が目の前で演じていようが、
"菅野美穂"が僅か1メートル前にいたとしても
・・だった。

ことさら映画館は熟睡するのに
最適な環境であった。

寝ると決めた映画の上映
時間は最高の睡眠時間となった。

あの日・。

これから上映される
"HANA-BI"のあらすじや物語の顛末はよく
知らなかったが、
北野武監督の"鳴り物入り"の映画
であることは理解していた。
(後述するが1997年に世界を制覇=圧倒した)

けれども、
"ナルコレプシー"(居眠り病)のような
状態を過ごしていた当時の私にとって、
もしも仮に"2.3分"でもつまらなければ、
どんなに評価の高い作品であろうが、
武さんの映画であろうが、
あとで"VHS"やその他の
メディアで観れば
よいことであるし、
熟睡すると決めた。

上映前・・
"熟睡体勢"は万全であった。

私は"不埒"な観客であった。

"シネセゾン渋谷"の劇場が
暗くなった。

キタノ作品が時間の流れと共に
"静かに"スクリーンに描写されはじめた。

・・・。

青色ににじむ
"K"のイニシャル。

サウンド音が映画館の
場内の空気を包んだ。

いつにも増して
重厚で力強く、
可憐で繊細で儚い
"久石"のサウンドが
場内の空気を一気に
総て埋め尽くしていた。

画面に"絵画"が浮かんだ。
"点描画"であった。

西洋の・・
"天使"と観てとれた。
墜ちる滝の中間あたりの・・
空中に浮遊=浮いていた。

絵画がズームアップ(クローズアップ)される。

その絵は誰がいつ
描いたものか知らなかった。
(後日、本映画に登場する
絵画の総ては北野武監督本人に
よる作品であるということを
知るに時間はかからなかった)

久石譲の音楽と
絵画に引きずり込まれてゆく。

なにか強い"予感"を感じた。

一瞬で眠気が吹き飛んでいた。

突如として途切れる
久石の音楽。

いつもの
キタノ映画と同様、
予定(予備)のない
突然の暴力シーン。

一切として
無駄のない構成である。

監督である"武さん"は、
"西"という刑事役であった。

他の刑事役は、
従来のキタノ映画
での盟友(名優)が登場し安心(安定)であった。

ヒロイン役である
西の妻である"美幸"
は""岸本加世子""。

↑近年の岸本加世子。北野映画にとって
不可欠な女優である。

まるで垢抜けない格好と仕草、
まるでコドモのような表情であった。

"彼女"は既に
声が全く出ぬ程に
精神=心を病み、
そして悼んでいた。それに加え
身体の余命も僅かしかなかった。

"彼女"の担当医師(俳優、矢島健一)と
西とのシーンにおいても、
草の揺らぐ外の強い風が
窓越しに見受けられ強い
印象を付きつけた。

西の盟友である刑事、
堀部(大杉漣)が凶弾に倒れるシーンから
一気にストーリーは波乱となる。

凶悪犯役である
元プロボクサー(WBC世界バンタム級王者)
"薬師寺保栄"も見事な切れのある演技だ。

車椅子の堀部と西。
海岸の情景がとても印象的だった。

どこか懐かしい、
自分の心象と合致した。

実際によく知っている海原のような気が
するが初めて観たその日は想い出せなかった。

紆余曲折のある様々な人生が描かれてゆく。
"西"と妻、"美幸"。そして西の盟友である
"堀部"。殉職した後輩刑事や遺された若き妻。

西は殆ど寡黙で多くを語らない。
妻の美幸は"失語症"でもっと何も話さない。
しかし、堀部の描く幾多の絵画や
久石の音楽が観ている我々に多くの感情を
与えてくれ、考えさせてくれた。

あの三億円事件を彷彿させる、
白バイがパトカーになった"銀行強盗"。

元刑事となった西が犯す。
"がんばれよ!銀行強盗!!"と
にやつきながらエールを西に送り続ける
スクラップ屋の親父である俳優、
渡辺哲。キタノ映画ではお馴染みの
渋い演技であまりにもリアルである。

親父のヤンキー娘かと思いきや、
いつもだるそうに頭を垂れたままの
スクラップ屋の
岸菜愛が演じる従業員のリアルさ。

闇金の金貸し屋のヤクザ連中の手下が
少しチープに見えたのは監督がわざと
そうしたものか・・。

西と妻"美幸"とのおそらく最後の旅。

寺のシーンもまた、再び自分の所有
する過去の心象とどこかが合致した。

ただ、その寺を
その日は思い出すことが出来なかった。
(詳細は後述する予定)

"100"分間があっという間に過ぎ去っていた。

波の音。そろそろ・・
クライマックスであろうか。

強烈な久石のサウンドが
波の音とともに場内を埋め尽くす。

突然
・・"美幸"が
西に寄り添い、
声を出した。

皆が、
観客全員が、
息をのんだ。

一瞬の出来事だった。

観客は、
私を含めて、
"彼女"が喋ることを、
皆諦めていたのではないか。

""ありがとう""

""ごめんね""

西の左肩にうなだれた。
"美幸"の瞳と表情・・。

私がこの劇場に来ていた
理由とその意味を
はっきりと悟った。

冬晴れたその日に
西夫婦が見つめる中、
浜辺で一人凧を揚げる
見知らぬ少女が浜辺にいた。

私はとうてい論説できぬ
大事なことを瞬時に
悟ったような気がした。

"彼等"にとって、
偶然出会えた
少女は堕天使

((何れかの贖罪のために
"万里万障"の恩恵の一切を
あえて受容せず
生身を受け俗界のひとりの
人間として生まれ宿命的な
定めを己自ら”受難"し得た人間の像))

におそらくはほかならなかった。

その"彼女"(少女)との

出会いはふたりにとって、おそらく
"奇跡"と呼ぶにふさわしかった。


いや・・必然的であった。

西夫婦"二人"は旅の途中無意識に

"ふたつの命"をひとつに完結するまでに連綿と
この世の俗世界に"愛"を遺すに

強固な内省をしながらも、模索し続けていた。

そしてついにその

"ふさわしき"最後となる場面=景色に
とうとう巡り会えることができたのだ。

"彼女"=少女はまさに
西夫妻にとって、
かつて失った

我が子の深い"喪失"=
"幻影の生まれ変わり"

=つまり"化身"となり、
その身が血を分けていようが、
いまいが、生き急ぎ、

もはや猶予の時間のない
二人にとって
"どうでもよかった"ことにみえた。

西夫婦の思いは、おそらくだが
現代を生きる私たちにとっても、
普遍的な共通のテーマである。
それは"継承"と綴るよりも、むしろ
私にとっては"伝承"(folklore)として
その真実が語りつがれてきたのだ。

・・"美幸"のたった二言の
最期の言葉に
英語字幕がつけ足され
網膜に焼き付く。

"ありがとう"
Thank You,
"ごめんね"
""Thank You,…for Everything"

息も出来ずに
"釘付けになった"
こらえてきた
大粒の涙が私の右目から
こぼれ落ちた。

枯れたように
私は声を立てぬように
泣き続けていた。

"ごめんね"="Thank You,"
"...for Everything"

・・"ごめんね"という
言葉の持つ今までに
"考えたこともなかった"

"何もかも・・(ごめんね)"
"Thank You,...for Everything"と表現された
あまりにも深い意味・・・。

羽を引き裂かれた
凧を持つ"堕天使"の少女。

蒼空にカメラがパンニングされた。

私は何が起こるか
そのすべてを悟った。

1発目の銃声音。

2発目・・。

後を追いかけるように放たれた
2発目の銃声迄の間隔は
とても※永く感じられた。
(※本記事を掲載する上で
銃声音のタイムラグを"計測"した。
2度目迄の銃声音は3.2秒経過していた
=妻を真っ先に撃ち、確実に死を確認
する迄それだけの時間を要したと推測できる
=西は現職時代、優秀な刑事であり相手を狙撃
する際、これほどまでに"間合い"=
間隔を空けることはない。
どんなに凶悪犯であっても
狙撃する相手に死の恐怖心を与える"間合い"
など生じさせてはいない。
つまり追ってきた後輩である刑事二人を
撃ったという解釈は極めて
少数な解釈となるだろう。
また"殺せる程に深く愛した妻を殺害する"うえで、
西は最も確実な方法で射殺する筈であり、
顔面を決して狙わず、側頭部もしくは
右手の銃口から心臓部を確実に狙い、
瞬時にその死を見届けたと
想像に難くない。妻の魂が
蒼い空へと昇華してゆくのを、
勇む想いで後追いを
するかの如くただ1発だけ残されていた弾丸で
西は自身の頭部を射貫き果てた。
24年間の間、私はずっとそう解釈=イメージしてきた)

"堕天使"
(北野井子=監督の実の娘)は
実年齢よりもはるかに作品中
ある知的な障害を強く受けて
いるかにみえた。

世界で最も
純真な"少女"はふたり
の最期をしっかりと見届けていた。

堪えきれず我慢出来ずにいた。
私は泣いた。
嗚咽が漏れた。

海原にいた
少女である
地上に生を受けた堕天使。

映画冒頭の点描画の
滝に空中浮遊していた
あの"天使"の像に
再びイメージが帰還してゆく。

エンドロールが流れてゆく。
HANA-BI(reprise)の音楽と共に。

映画館場内の観客で
誰ひとりとして立ち上がり
帰り出す者は皆無だった。

複数の若い女のすすり泣く声が
背中の背後=ムコウから聞こえた。

私は暫くの間、
立ち上がることが
出来ずにいた。

あまりにもの感動で
腰を抜かしていたのだった。

何もかもが終わろうとする頃、
背中のムコウの大勢の観客から
小さな拍手の音があがっていた。

その小さなひとりひとりの音は
次第に大きな"うねり"を増していった。

拍手が・・
場内の空気を包み込んでゆく。

会場内の人々は、
この私なんかよりも遙かに
"映画"を深く愛し続けてきた人達だったのだ。

その一体感、
そして激しくも静寂さを
兼ね備えた高レヴェルの共感・・。

映画で私が初めて体験した
崇高で美しき出来事であった。

私は声が枯れるのを畏れたように

"拍手"で感動を示すことも出来ずに、只
ずっと寡黙に泣き続けていた
・・・

この度、私は改めて
"キタノブルー"の素晴らしさと
ラストシーンからテロップ終了迄
を可能な限り高品位に完全収録し
動画をアップロードしました。
私の動画は以下のリンクとなります。
是非観て頂けると嬉しいです。2022年7月。

続く・・。

<"HANA-BI"のあらすじ>

刑事である西の妻である美幸は
数ヶ月前に幼い我が子を亡くし、
失意のまま体調を崩してしまった。
西は凶悪犯の張り込みの最中、
同僚の堀部の好意に甘え、
病院にいる美幸を見舞う。

だが、西はそこで医師から、
美幸が不治の病にかかっていることを知らされ、
さらに堀部が犯人に狙撃されたことを知らされる。
堀部は命こそ取りとめたものの
下半身不随になってしまった。

罪悪感が西を激しく襲う。
やがて犯人は別の場所で発見され、
西は犯人を追いつめる。
しかし失態を演じ、
後輩の田中が殺され殉職してしまう。

西は犯人を射殺し、
4度も銃弾を撃ち込んだ。
西は警察を辞職した。

田中や堀部に対する
強い罪悪感があった。
しかし職を失った一方で、
自分のために車椅子生活となった
堀部の画材道具のための資金や
殉職した田中の若い妻や
余命いくばくも無い妻である
美幸のための生活資金を
工面しようと奔走した。
西はヤクザから借金を重ね、
返済に困るようになる。
西は銀行強盗計画し実行した。

手に入れたその金で
全ての借金を完済した。
さらに田中の妻や堀部に送金する。

西は余ったわずかな
金で妻と旅を始めた。
誰にも傷を付けずに
成功した筈の銀行強盗であったが、
覆面もせずに実行したために
西をよく知る人間には犯人が
"誰"であるか
"割れて"しまっていた。

西は元々辣腕な刑事であり、
いずれは捕まることを十二分に
知った上で銀行強盗を実行
したのだった。
そうしてヤクザは
強盗犯人が誰であるかを知り、
利子をせびりに執拗に追いかけてくる。

最後の二人だけの"逃避行"を邪魔されたくない
西は追いかけてくる者を皆殺しにした。
あどけない笑顔、妻の笑い声。


だが、旅館での夕食さえ
殆ど口を付けぬ程までに身体が衰弱しつつあった。


"美幸"の瞼に流れる一滴の泪。

そして西の身を心から案じ追いかけてきた
後輩の中村らは彼等の死体を見つけてしまう。
強盗と殺人を犯した西と不治の病を抱えた美幸。
2人に将来の人生は既に閉ざされてしまっていた。
逃避行の果てにたどり着いた砂浜で、
2人の旅は"暗黙の了解のなか"で
2発の銃声音とともに人生の終焉を迎えた。

【キタノ・ギャラリーの体験】

"シネセゾン渋谷"での
HANA-BI公演。
英訳字幕付き
映画の衝撃的な
体験が醒めぬうちに、
さらに貴重な体験(サプライズ)の
機会を私は偶然得ることとなった。

1度目は・・、
当時最愛だった
"内縁の女性"と
日本のソ連大使館の近くの
ホテルに泊まり、
夜通し激しく愛し合った
次の朝だったと記憶している。

まだ夏にはなっては
いなかった筈だった。

翌朝、
銀座方面(東京タワー)を
自家用車で移動している最中、
"キタノ・ギャラリー"
(展示会)が開催されていることを
車内から偶然見かけた。

その"日"はあえて
"二人"にとっての
"不都合な予定"を入れては
いなかった。

"二人"は押しつけあうこともなく、
必然的にに展示会に立ち寄った。

どうしても想い出せないのは、
"銀座"にあるギャラリーであったのか、
"東京タワーの内部"で展示会があったのか、
いまとなっては
全く想い出すことが出来ないでいる。

20年以上経った現代では
WEB上でも当時の
展示会場の情報は
皆無に等しい。

記憶には
"東京タワー"でキタノ氏の
絵画の展示会があって立ち寄ったと
そうずっと思い込んでいる。

ギャラリーでは
HANA-BIの映画に
込められていた"本物"に接し、
多くの絵画に迫力=説得力を受けた。

しかし世界的な大物・大家とは違い、
油彩や水彩の手法は用いてはいない。

短時間で一気に仕上げた感のある作品も
あったが、多くは時間と手間のかかった、
特に点描画に私は深い感慨を受けた。

私は"彼女"(当時の最愛の女性)には
黙って、その後2度に渡って
その展示会にひとりで足を運んだ。

なぜか"彼女"にはその事(何度も武さんの
絵画展にいったこと)を内緒にしていた。
音楽事務所への営業や
都内での仕事の帰りに立ち寄った。

ひとつ"時効は成立"しているかとは
思うが、私の冒した過ちを、
ここにあえて恥を忍んで記したい。

私は3度目の北野ギャラリーの絵画展において、
幾つかの"絵画"を素手で何度も
"執拗に"接触している。
つまり絵画に何度も""手を触れて""しまった。
これは本来の美術鑑賞としては
あるまじき行為である。

たまたま、展示会場の人気が
閑散としているタイミングがあって、
思わず、武さんの作品に
直で手を触れてしまったのである。

これにはどうしうもない、
衝動があった。それほど
強くHANA-BIに鏤められた
絵画に傾倒してしまっていた。
(武さん、本当にごめんなさい。
24年目になってしまいましたが、
謹んでお詫びいたします)

そういう事もあって、
"彼女"にはなんとなく謂い難くなって
内緒になってしまったのかもしれない。

当時の"彼女"は、
演劇や映画に
精通していた。

私が1つの映画を知っていたら、
"彼女"は100の作品を常に観ていた。

"彼女"は
会社相手に
フリーランスで
仕事をしていたため、
仕事の合間や一日の
仕事納めのあとに
ひとりで単館映画の作品の
多くを観ていた様子だった。

仕事上、
経営者からの
接待で男性たちとの酒の席は非常に多く、
そうした様々な話を聞くのも当時の
私にとって興味深いものが多かったが、
"彼女"が本当にしたいこと、
それはレベルの高い"表現"を
常に感じ続けて生きること、
であったのではないだろうか。
当時、音楽活動しか頭にない私にとっては
まるで無縁で希少な優れた映画作品があることや
様々な"座"の演劇などで"彼女"が
観て感じ感動し得たことを
"彼女"が楽しそうに
私に話してくれる時が
当時の私にとってそれが
1番好きな"ひととき"だった。

"彼女"は
とても謙虚でときにほんとうに
敬虔な人柄だと咄嗟に感じるほどの
人物であったが、
今思えば心の深くで
本人は自覚していなくても、
女優になりたかったのではないか、
と最近ふと思い出すようになった。

それは容姿内面共に
充分に素養、度量が
あったと思えるからだ。

ただ、私のような者と長年一緒にいたから、
運命的に"大器"を育んで貰えるチャンスに
恵まれることがなかったのだ。

今の私にとって、
当時と比べて大分歳を経ていても尚、
男女というのは実はよく分からない。
相手が変われば運命的に
また全然違う想いが募る
ものが男女というものなのかもしれない。

でも、男女関係においての
"相性殺界"というものは
たぶん存在すると思っている。

つまり現実という
実人生を生きてゆくうえで、
ほんとうに相性の合う男女はダメになると
いうひとつの仮説=~伝説である。

なぜ"彼女"と別れなければならなかったのか?!
あまりにも相性が合いすぎていた、という
"彼女"との完全な別離という体験に
基づいたひとつの"仮説"をふと思う。

"ある頃"から別れが生じたたあと
その数年後に私が気がついたことは、
全ての責は私にあったのだと確信し、
断言できてしまうことにあった。

"彼女"に"責"は"一縷もなかった"、
そう痛切に理解できた。

当時の私は"彼女"から
無償の愛と全身全霊のあらゆる愛を
私は受けていた、と断言できるからだ。

そう、あの頃の私は当時、
ほんとうは""誰も愛しては
いなかった""のだ。

二人の関係があと数年で終末に近づく頃、
まだ明星の時間帯だったと思う。

自室の固定電話を取ると
電話の向こうで"彼女"が泣いていた。
とても嫌な予感がして、咄嗟に理由を尋ねると、
なかなか理由を明かさない。

次第に焦りとなぜか怒りが
こみ上げてきてしまい、

強く訴求すると、"・・・ちゃんが
死んじゃった"と泣きながら謂う。

・・ちゃんというのは
私のイニシャルを入れた昔からの

この私のあだ名だった。
死んだ相手に電話をするというのは変だが、
"彼女"はあまりも
リアルな夢(私の死)を独り暮らしの

ベットの中で観たのだった。
私は安堵し、同時に相手に

心の内部を見透かされたような
気持ちがよぎった。
”俺が死ぬわけないだろう!!"と
少々怒り気味に
怒鳴ってしまったことを今でも

克明に憶えている。
そう・・今ではあの電話の
総ての持つ意味は、
はっきりと理解できる。

感受性の鋭敏な"彼女"は
将来の二人の別離を既に予言=予感していた。
換言すれば、"心はなれて"ゆく二人のことを
強く偲び、優しい"彼女"はその夜

泣いてくれたのだった。
私たちは・・いや
私はその関係性の修復を怠った。
それから別れるまで、その後も"彼女"が
私の前ではもう、泣くことはなくなっていた。


私が相手を愛していると
思っていたことのすべては、
なにもかもが"嘘”であった。
実年齢とキャリアを
重ねてゆくと、自分の正しいと
思っていたものがある日突然"剥離"し、
その他者への"欺瞞"という過ちに
嫌でも気づくことがある。

そのことを思うと、
とてつもなくつらくなる
夜はいまでもあるが・・。

"閑話"になってしまい読者の方に
おつきあいして頂いて誠に恐縮の限りの
思い出話である。

HANA-BIの映画作品ならびに、
HANA-BIで引用される北野武監督直筆の
絵画を思うと、それはいつもではないが、
"彼女"のすべてを懐かしく
思い出してしまうのです。

しかし、HANA-BIは既に多くのファンや
映画を観た方ならばご存じの通り、
"西"夫婦を描いている。
夫婦を"描ききっている"。

この"ふたり"を皆さんはどう思い、感じるか。

まさに"美女と野獣"のコンビ。
もしくは、"オトナとコドモ"それは
"保護者と未成年"、1番見合うのは
強い兄貴と妹の姿。
見た目も人生観もまるで相性の合わなそうな、
完全な"デコボコ"カップルに
表面上では見えるということ。
鎌倉の寺でのカメラでのツーショット・シーン等、
とてもカップルとはお世辞にもいい難い。

そのことに異論はないと思う。
(例えば、武&岸本加世子のカップル主演で
"菊次郎の夏"の夫婦があるが、
菊次郎の女房は西の妻とは見た目も
振る舞いも異なり、まさにあれが、
見た目も中身も"似たもの夫婦"である)

今回、恥を忍んで?私の過去の
恋愛経験に触れた事も、
"菊次郎の夏"よりも
遙かに"HANA-BI"が
凄味のあるカップルであると
言いたかったからである。
お互いが酒もタバコも吸い、ブレーキの
まるで効かないような男女夫婦よりも、
時にどちらかが、
制止してくれ、逆にときに
背中をそっと押してくれるような
そんな関係性が永い人生を共にするに人生を
豊かにしてくれるのだと
HANA-BIは常に私に気付かせてくれた。

このたび、
私が所有する当時のギャラリーで販売されていた、
『画集 北野武ギャラリー HANA-BI』1998年 TOKYO FM 出版 北野武 ビートたけし
のコンデジ(カメラ)で撮影してみた。
その行為はアマチュアにとって
やはり難しかった。

画集にも色々あるが、いずれも
私にとっては所詮フェイク(偽物)にしか過ぎない。
近代絵画においても極めて
"原画"に拘った画集もない訳ではないが、
現物=本物には絶対に、遙か遠く及ぶことはない。

『画集 北野武ギャラリー HANA-BI』に関しては
"記念品"みたいな体裁だと個人的には認識している。

原画の迫力には全く遠く及ばないが、
点描のすごさや、絵に込められたこまかいディティールを
分析する上では何かの一助になるものと思い掲載します。

このたび、渋谷のもう閉館となった
映画館で初めて作品を観てから24年目に、
50回のHANA-BI映画視聴で雷鳴のように
初めて気付かされたこと、
それは"雪の絵(自決)"に関しての
私にとっての"真実"であった。

それに関しては、
また後日掲載させて頂きます。
話はまだまだ永くなりそうです。それではまた!

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