“あなた”にとって”親友”とはどんなひとですか?!-“夢の彼方”の”ふたつの影”!!-“ドッペルゲンガー”現象とは?!-“You’ve Got A Friend”!!

↑2021年7月22日18時。自分の影と"Covid‐19"によって遊具の使用が禁止された公園で。

【ご挨拶】
この記事は2021年現在の今尚、
"世界"が"Covid‐19"の渦中でもあり、
様々な社会的諸環境に身を置いている方がおられることも
考慮したうえで"心身ともに健康である"と自負できる方のみ
が読んでいただけることをお願いします。

※ドッペルゲンガー(ダブル・復体とも称する)現象は
古代から神話や伝説や迷信などで語り継がれ、
肉体から霊魂が分離し実体化したものとされた。
この"二重身"の出現はその人物の"死の前兆"と永年信じられた。
※個人的には自己の罪悪感の投影として
夢に出現したり、描かれることが最も多いと推測している。

本記事は自分にまつわるそうした話題となる。

【序】
自宅のサーバーの中から
良い絵(画像)が見つかりました。
この絵を見た瞬間に私は自分の
あるひとつの大事な夢が語れる、
とそう確信しました。

その絵はいつ、
誰が撮影したものか、
わかりません。

この画像="絵"がなかったらたぶん記事に
することは出来なかったと思っています。

相当な"リアリスト"である私は、
たぶん過去に"この絵を見た記憶"から連想された
人間の脳のメカニズムに依存した"記憶の整理"
という処理が原因で度重なる同じ夢が出現されているのでは
ないか、という推理にいたっています。

しかし、
この夢が何度も
繰り返し見続けるという根拠というか
納得できる原因は、
わかりません。

↑鎌倉在住の写真家の方の撮影。引用この場を借りてお礼申し上げます。

こんな風に、
シリアスな話題になれば
いつも唐突な私ですが、

いま"あなた"にとってかけがえのないと思える
人物、即ち"親友"はいますか?

私のような慇懃無礼(いんぎんぶれい)者や、
ふいにだれかに咄嗟に
尋ねられたとき、
"あなた"はその問いにたいして
どう感じるでしょうか?

普通だったら、
普段生活していて、
そんな問いかけをする者は
周囲にはいないでしょうね。

"職場"だったら
尚更のことでしょう。

おそらく誰だって皆同じで、
それが"現代"の人間関係なのだと思います。

勿論、
こんな私のような"相手"に
いちいち答えなくても結構です。

"親友"がいますか?という素朴な
問いにたいして純粋に"あなた"が
どう感じるか、
"あなた"次第です。

でも折角ですから、
やや現実離れした、
心の心象へ即座に感じられるような、
そんなお話をしたいと思っています。

"あなた"にとって、
"親友"という言葉に、
もしも咄嗟にその瞬間、
誰かの顔や姿が頭に浮かんだとしたら、
そう、その相手こそが、
"あなた"にとってかけがえのない、
"親友"なのだと私は"言い切れ"ます。

それには
理屈はない、
からです。

咄嗟に、
思い出すことのできる、
そんな"隅におけないひと"こそが、
"あなた"にとっての人生で最も大事な人物であり、
私にとっては本物の"親友"ではないかと思っています。

恋人や夫婦仲がいいから、
そんな同性の友人など必要ない!?

いやいや、
いまはそうかも
しれないけれど、
そんなことは絶対にない、
と老婆心の私は
"言い切れます"。

もしも、
今の"あなた"にとって"他人"が
誰も思い浮かばなかったり、
両親や兄弟や肉親のことだけが
脳裏に浮かんだりしたら、

もしかすると
今の"あなた"にとって
かけがえのないほんとうの意味での
"親友"という存在は
"今"はまだ
いないのかもしれませんね。

では"親友"とはどんなひとのことをいうんでしょう。

私は咄嗟に日本人ですら誰もが知る名曲をいつも思い出します。
あの頃、アメリカは心身ともに疲弊し疲れ果てていた。
ベトナム戦争は森林を焼き払う放弾の戦火や多くの非武装の犠牲者だけでなく、
帰還兵の心の奥底までを激烈に蝕(むしば)んでしまったのです。
ソングライティングは偉大なるJames Taylor。
James Taylorより切ない曲に仕上がっている名曲です。
キュロル・キングの"君はともだち"です。
お時間ある方、改めて今こそ、是非聴いてみてください。

【本文】
2020年5月...7月。

いまから昨年の2月28日に、
"PRK"という手法の
角膜レーシック手術を
終えてからというものの、
私はたくさん奇妙な夢を
みるようになりました。

未だに未投稿(未完)となりますが、
いずれ去年の3月渦中(最も両眼が痛かった時期)に観た、
あの恐ろしくもリアルな"原色"の夢は
1年以上経った今でも私に強い
影響を及ぼし続けており、
いずれ記事にしたいという思い入れがあります。

私はあの手術から
"変わり"ました。

そんな渦中を過ぎた頃の
昨年の5月から7月にかけて、
それは何度も"親友"の夢を観ました。

それまでの私は、
記憶を辿ると
なぜかなかなか、
夢に"親友"が出てくることは
ありませんでした。

けれども去年から今年もまた、
5月の春の初旬から7月の初旬にかけて、
"親友"の夢を何度もなんどもたくさん観ます。

私にはそう!
かけがえのない、
"親友"がいます。

"彼"を尊敬していますし、
いつも"彼"のことは私にとって
"隅におけない"存在そのもの。

常に私を勇気付け、
励ましてくれたり、
時には"ブレーキ"をかけてくれて、
戒めてくれたりする。

と思ったら今度は急に激しく"今こそ!と痛烈な
"ゴー"サインを送ってくれたりする頼もしい存在。

いつもいろいろ気付かせてくれたりして、
なんてお礼をいったらいいのやら。

でも、
私はいま
"あなた"に
嘘をついています。

このサイトだけは
"嘘"="虚"を残したくはないので
私なりに訂正します。

"私には親友がいる"のではなくて、
"私にはかけがえのない親友がいた"
というのが正しいです。

そう、私にとって、
夢でも逢えなかった"親友"が何度も
夢の中で現れるようになったのは、
つい最近になってからでした。

夢の中で観る"彼等"は、
いつも同じ"順番"で現れます。

ひとりめは"S"。

私よりも実年齢は"8"歳も年下の男でしたが、
"こんな私"が"Sさん"と慕うほどの人物でした。

享年38歳。
7月2日没。

それは、
あっという間に
"この世界"から去りました。

最期に、
"彼"の声を聞いたのは、
電話の音声録音でした。
あの日は6月30日。

すぐに、
返信すればよかった。

今でも"そのこと"
後悔しています。

私よりも元来遙かに屈強な男でしたので、
病死でも事故に遭ったわけではありませんでした。

"彼"の訃報を知り、
気を確かに保とうとしたものの、
"卒倒"した。

言葉にならぬ喪失感や
断腸の思いというものを
実体験で通じて経験をすることとなりました。

2021年。
今年で七回忌にあたります。

いまは・・全員が、
"彼"の家族もまた、
全員"この世界"に
はいません。

夢の中で、
体力・知力の
猛烈に高い"S"が最初に現れます。

私に何か
"切実"なことを伝えようとしている。
毎回そんな夢です。

場所はいつだって
"部屋"の中。

場末の安い飲み屋なのか、
それとも、
どこかの家屋の部屋なのか、
何度も観ているのに、
未だにわかりません。

広い"サウナ室"のような・・
("彼"とそんな経験あっただろうか・・たぶん何度もあったとは思う)
ただ後ろの壁が縦の木材で茶色く、
"合板"のような決して広くはない
奇妙な横長の室内部屋が夢に現れます。

"この私"は"私"と"S"を含めた
"ふたりだけ"しか見えません。

その"ふたり"は、
たばこを吸っているのか、
酒を飲んでいるのか、、
よくはわかりませんが、
テーブルには何か食べ物か
飲み物みたいなものがあるのは、
いつもなんとなく
ですが認識しています。

しかし夢の中の私は細かい"ディティール"には
"この私"にとってはそれこそ、
いつもまるで興味がないのです。

焦点は、
ただ私はこの夢を見るときはいつも、
まるで亡霊になったように、
夢の中で見える"目の前の私"を含めた"S"とのふたりの
"関係性"=様子を傍観しているのです。

"S"は夢の中にいる"私自身"にたいして、
なにかきわめて大事なことを"訴求"している。

"S"の真剣さが猛烈に切実に伝わってきます。

しかし、
まるで遊離した亡霊のような
"私"は【"私"と"S"】という
そのふたりの状況をあくまで
第三者=傍観者として見守っているような
そんな、状態が続きます。

しかし、いつまでたっても、
夢の中に見える"この私"の権化とも
よべる"ドッペルゲンガー"(独: Doppelganger)は
"S"に対してなんの行為も言葉も発することがない。

私の"ドッペルゲンガー"は、
懸命に"彼"=Sの訴えに
なんとか答えようとしているのは
とても感じるけれど、
何もできずにいます。

傍観者である私自身もまた何一つとして
一切"彼ら"に"力"を加えることも、そして
発言力も何一つとして行使することができずにいる。

夢の中の私は次第に焦り、
困惑し、怒りを覚え、
うろたえ、
混乱し、
叫び声をあげたくなって、
猛烈に寝汗をかいているのを自覚する。

現実的にそうした
寝苦しさをはいつも、
夢を見ながら感じています。
それは"痛覚"に等しい。

その瞬間に今度は
"S"ではなくて突然、
その同じ部屋に、
"K"が現れるのです。

"K"とはすなわち、
だいぶ前に別の記事で非常に詳しく紹介した、
"K"のことです。



もう、
30年、
あっていません。

熱心な読者の方であるならば、
"彼"がどんな人物か理解して貰えています。

現実的に"あなた"
というFilterを通し
"K"を知って貰っています。

そのことは、
いまを生きている
私にとって何よりもの
かけがえのない"救い"です。

"あなた"という存在と
”共有"できることで、
私は勇気付けられ癒やされる。

そうした連綿(関連性)が
"供養"のひとつである、
とも私は思っています。

夢の中で現れ登場する"K"はまた、
"S"の時と同じような状況なのです。

またもや夢の中に見える"この私"
である"ドッペルゲンガー"は"K"に対して
なんの行為も言葉も発することがない。

そして、
またもや私は、
まるで亡霊のように、
ドッペルゲンガーである
【この"私"と"K"】とのふたりの姿=
"関係性"=様子をただ傍観しているのです。

夢の中で私はまた激しく焦り、
もどかしさに気が狂うのではないかと
感じはじめ、
大声を上げて、
叫び声を出そうとします。

次第にそれは恐怖となって、
夢中でうなされ、
いつも大声を出しているような気もする。

自己破滅=狂気をほんの一瞬感じた瞬間に、
夢の中の私は別世界に転じられるのです。

その世界は、
今回の掲載画像そのものです。

このシーン(情景)は
ずっと
いままでにはなかった。

夢が"付け加えられた"、
のです。

昨年、両眼の目の手術を施行してからのことです。

私は、
いったい何が変わったのだろう。

その世界は、
砂漠なのか、
砂丘なのか、
砂嵐の舞う、
小高い丘の彼方に見える"ふたつの影"。

毎回同じ場所です。

そのふたりが誰であるか
私は"知り抜いて"います。

そのふたりは、
この私をしっかりと認識し
眼下に見据えている。

私は"彼等"を見つけるや否や、
心から嬉しくなって大声でなにか叫びます。

私の心は、
ありったけの、
幸福感を感じ、
歓喜に満ちて、
大声で彼等に向かって
何かを叫び続けます。

遠い丘の彼方の
手前に見える影は紛れもない"S"。
そしてもっと彼方に見える影は
間違いもない"K"。

遠く離れていて、
表情は分かりません。

でも絶対に手前が"S"で奥の丘に佇んでいるいるのが、
"K"であることを夢の中の私は
いつも確信しています。

彼らの
"ふたつの影"は、
いつだって遠い。

私はいつものように、
彼らの元へ辿り着こうと
すぐ決心します。

私はあまりにうれしくて、
向かい風の強い砂嵐を手で払いのけながら、
手足をばたつかせて、
笑いながら前に走ってゆきます。

ところが、
夢の中の自分の足は、
足首どころか、
膝のすぐ下まで
金色の砂丘の砂に埋もれて
しまっているのです。

それでも
私は嬉しくて、
何か叫びながら、
それこそ全力で、
前進しようとします。

しかし、
思うように、
いきません。

この砂丘は、
大雨でダムの放流を始めた、
まるで河川の河川敷のようなのです。

気がつけば、
"金色の砂丘の砂"はアリ地獄のようで、
手足をばたつさせていないと沈んで
しまいそうで、
突如死の恐怖を感じるけれど、
それでも私は必死に彼らの元に走り、
一刻も早く自力で彼等の元に近付きたい、
それだけを願っている。

けれど、
足下の細かい砂丘の砂は、酷くて、
まるで泥沼に浸った足許のように、
願い通りに前進しているわけでは、
決してないのです。

それどころか、
前に進むたび、
私は前屈みに、
何度も転倒し、
砂に埋もれて、
両手が砂中に窪み、
顔面は砂闇に沈み、
耳にも目にも鼻にも
口にも砂が混じり、
苦く痛みが走って、
おそらくは、
数十メートルも前進できていない。

でも、
夢の中の私は、
"絶対"に必死であり続け、
決して諦めることはありません。

それでも私は何度もなんども、
"無我夢中"で叫びながら手足を
ばたつかせては、
すぐに前屈みに倒れてしまう。

両手両足は間接の奥まで砂に埋もれても、
頭から顔中、砂丘の砂にのめり込んでも、
私は前に進むことを決して止めません。

最後に砂丘の鋭くも細かい砂が
目に入り込んで
視界を完全に凌駕した霞は
"失明"の不安を感知し、
本能的にあふれた涙で流布すれば、
目のふちもとを
腕で懸命に
拭った瞬間、

"S"と"K"の
ふたつの影は
いつも忽然と、
消失してしまうのです。

草木も水もない、
ただの砂丘のみ。

この夢は、
私にとって、
あまりにも
残酷すぎる。

ふいに腰骨が抜け、
私は本当に気が狂うのでは
ないかというくらいに大声で嗚咽し、
気を失うのではないかという
激しい感情が突き抜けるその瞬間で、
"この世界"="現実”に"救済"される。

その瞬間にいつも
夢から醒めるのです。

寝汗どころか、
全身が大雨に
打たれた様に、
なっています。

そんな夢を
私は去年から、
何度と観てきたでしょう。

ベットから起きて、
呆然として、
煙草を吸う。

翌日が休みの日ならば、
酒を飲むことも
屡々あった。

シャワーを浴びないと
ならない日が多かった。

そんな夢は、
果たして
なにを"暗喩"しているのでしょう。

心理カウンセラーだったらなんというのでしょう。

大脳生理学的では、
"睡眠"は脳の健康を維持する上で
必須であるとされます。

極論としては、
睡眠は身体を休めることではありません。
脳にとって必須条件なのです。

そんな渦中で、
ひとは様々な、
夢を見ます。

変な突拍子もない夢をひとは"目撃"する。

けれども、
無駄で無意味な夢は一切
"皆無"であると謂われています。

詳しくはありませんが、
夢は抑圧や無意識をも露呈する。

理性を超えて、自由であるから、
ひとは突拍子もない夢をみる。

自分の本性をさらけ出してくれることもある。

おもしろいことに、
あまりにも不道徳な行為や情景というのは、
たとえ夢であっても抑制がなされており、
その事実は、健康を維持してゆくために
必須条件と仮説されているゆえんともなっている。

夢はだから、実に理にかなっていて、
ひとが健康に"現実"を生きてゆくために、
欠かせない脳に必要な行為とされています。

今回の夢のような、
私の場合は、
どうでしょうか。

困惑するのは、
その同じ夢の繰り返し、
にあります。

一度や二度ではない。

"K"は今から、
丁度30年前に、
"この世界"を去りました。

"S"は今年で7回忌にあたります。

"S"と"K"においては事実上、
彼等同士に関連性は一切ありません。

私という人生に、
"S"と"K"が関与してるだけです。

もっと、
もっと、
いつも、
はっきり言ってくれたらいいのに、
といつも感じて生きてきました。

自分を責めて生きてきました。
夢でも幽霊でもいいから、
遭いたいとずっと願ってきた。

夢でなくて、
どうして、
もっと素直に、
私に直接
接してくれないのだろう。

彼らにたいして責めたりする自分もいました。

もしも"彼等"が
"この世界"に身体を超越しても尚、
実存しているならば、
どんな手段を昂じてでも、
"この世界の果て"まで遭いにゆく
覚悟ならとっくにできている。

誤解はないと思われるが、
彼等と私は"同性愛"で結ばれていた

過去がある訳ではありません。

リアリストである私は、
非現実的であれ、
超現実的な現実というものが
歴然と時に忽然と現れ、
存在するという真実を、
歳を費やすごとに確信するに至りました。

そこで、
感じる、
私の、この
夢の"真相"とは、

・・・・・

それは、
つまり、
私自身の
"死"についての
"暗喩"であった。

毎日を生きて
素直に感じ思うふしがあった。

"それ"を受容できる。

すでに私は
”準備"し、
"甘受"できているのは間違いなかった。

換言すれば、もう、
なにひとつとして、
"悔い"のない人生だったとも思えます。

【結語】

私は・・
ひとに深く愛された。
あまりにも、
もてあますほどに、
そう私は"あなた"に愛された。

いまでも
泣きたいくらいに、
感動しています。

いつも、
いつだって、
感謝している。

そして、
いますぐ、
"あなた"に
会いたいと思っています。

いつも、
いつも、
いつだって・・

けれど、
もしかすると、
私の"死"が急速に
近づいているかもしれない。
素直に感じたりもしている。

それは、
突然死、
かもしれず、
事故かも知れず、
果たしてそれは、
死の原因が、その死因に
起因する要因までは掴みかねるものの、
彼等のあの"ふたつの影"は、
わたしにとって重大なアイコンそのものであって、
確かな"サイン"以外の何ものでもないと読める。

または、
これ以上はまだ近づくな、
という"サイン"なのかもしれない。

だから私は
いつもまた、
苦渋に満ちた思いで、
彼等のもとには決して辿り着けないのか。

ただしくは、
わかりません。

最近、実感としてわかったこと。
これもささやかな個人的な進歩だが、
彼等は"時代に戦死"したのだということだった。

ふと冷静になって、
もしも夢のなかで、
彼等のもとまで思い通り歩んでゆけたら、
果たして彼等とまた、
別れて"戻ろう"とするだろうか。

いまの私には、
戻る気は一切ない、
と断言できる。

あの"ふたつの影"は
私が確信するに価する、
圧倒的で崇高な"あの世という別世界"の
"影"であるとイメージ=観念の象徴である、
いうことにあった。

実人生の道程の渦中で、
今尚、自分=この私は、
"この世界"で生きていて、
まるでそれは金色の砂丘の砂にまみれ、
アリ地獄のようにのたうち回っている様子だ。

相反し矛盾するけど、
これから暫くの間、
この身に起こる
不慮の危機に対して、
本能で防御し、
果たして私は未だ
抵抗するだろう。

誰から見てもささやかな、
"この世界"での
あくまでも私にとっての大きな
"未練"がまだ少しだけ、
残されているかもしれなかった。

このサイトにおいては
この私にとって"あなた"が
"いつも"いてくれているからこそ
いまの私であり続けていられます。

この私的な内容を最後まで
読んでくださった
"あなた"へ。

気分が悪くなるような箇所多々
あると思います。

"ごめんなさい"

極めて個人的な内容となりました。

これからもどうか、
よろしくお願いいたします。

それでは・・

↑2021年7月22日18時40分。私自身の影。

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