“二次”試験-二度目の採用試験を終えて

この記事は何かの"夢や目標"に向かって頑張っている
方に読んで頂けたら光栄です。

毎日がめまぐるしく過ぎてゆきます。
この記事を読んで下さっている読者
の方もきっとそうなんでしょうね。

多忙過ぎて
あまり心の準備というか余裕がなくて,
未体験の事も多くて戸惑っています。

先週や先々週の出来事が,
まるで一年位前の出来事の様に錯覚したりします。

生活が充実している?と自問自答したりしますが,
果たして後で振り返った時,充実していたと実感
するかどうかは"疑問=謎"です。

ただ,ひとつ云えるのは
"幸福感=楽しい気分"とは違う。

どんどん疲れも溜まっているし,
強いストレスを感じます。
ゆっくり好きな事をしたりして
休養や休息が全く取れていない。
最近の世の中の事とか全然知りません。

ただ,人生にも大きな流れがあって,
"緩急"があります。私は多少,武道の覚えがあり,
この"緩急"というのは生きている間は誰もが所有しています。
一日の中でも "緩急" があり,分単位で生じ,週,月単位,
一年,数年とまるであたかもその波は"占星術"の様態すら感じさせます。
私の意識している "緩急" という言葉は武道用語で,
おそらく他に似た言葉(例えば"バイオリズム")がきっとある事でしょう。
そうした事を意識すれば,必死でやるときは全力疾走し,やがて
そのあとで暇や余裕も多少出来る筈です。
長期間の緊張や弛緩のいずれかに浸り続けていると,ひとを病気にさせてしまいます。
緩急は流れです。云い方を変えればほぼ"緊張と弛緩"です。
例えば,良い"セックス”が顕著な例でしょう。 "緊張と弛緩" がないセックスは素晴らしい筈がありません。
身近で手っ取り早く大事な事を私達は普段から教わっている様な気がしてなりません。
一方だけに傾いたまま,流れが起きない場合,例えばそれが"水"であればやがて腐り始めます。
そうした長期間での病気も私は経験しています。おおむね,
日々それなりに頑張って睡眠の取れている方なら,深刻なトラブルは少ないでしょう。
しかし,何かに目標に向かって頑張っている方は,ご本人が気がつかない領域で心身を崩しやすい。

お伝えしたいのは,私は自分の経験則からそれ(目標)に向かってあくまで自分なりにですが,
一切妥協せず,精一杯頑張ろうと考えています。その後暫く,
おそらく穏やかな日々(緩急の"緩")の法則性を信じているからです。

昨日の夜は初診で横浜の眼科での精密検査,初めてお目にかかる主治医の
診察がありました。数ヶ月前からの予約であった為,
予定変更は不可能でしたし,予約をキャンセルする訳にもいきません。

久しぶりの横浜市の桜木町駅。普段,車ばかり運転していて
電車慣れしていないせいか,往復するだけでも疲れました。

今日(令和元年11月14日)は横浜市の本郷台駅にいました。
朝の8時台には着いていました。
実際,徒歩でこの駅を降りたのは生まれて初めの気がします。

2次試験の面接会場が駅の傍にありました。
建物の場所はすぐに分りました。

最近,横浜市と"縁"のある私ですが,改めて
横浜市は神奈川でも有数の大都市だなと感じます。

大都市だから自然がない訳ではありません。
他の市町村に比べて規模=スケールが違う市であることは
間違いないでしょう。

今回訪れた市が運営管理する"面接"場所の建物も
巨大で高さもあり,ひとつの"アート"でした。
私にとっては面白い建造物でした。

建物の中心部に入ると何もない円形のフロアーになっていて,
天井5偕まで吹き抜けになっています。脇にガラス越しのエレベータが2台
ありました。とても面白いので色々見学させて貰いました。

平日でしが,各偕で催事や展示会を開催していました。
レストランもあり,昼は混んでいて食事するのを止めました。

とても暇な時間があったので写真を何枚か撮らせて貰いました。

肝心の試験でしたがw,
午前中は"集団討論"でした。
その前に持参した面接票(履歴書)の回収がありましが,
やはり先日私が苦労した様に,他の受験者の方も手書きで記載
するのは相当骨が折れたのでしょう。同じ教室内でも
別紙を提出する方が結構見受けられました。

受験者数が多いため,待合所は地下2偕,
丁度,大学によくある大教室で数カ所。

討論はフリースタイル(フリートーク)形式でした。
テーマは予め用意されており受験者には通達されていました。

私個人的にはあまり下準備が出来ていませんでした。
討論中は審査員の方々は議論に一切参加しません。
制限時間内は文字通り"自由"な討論です。

複数人の試験官の方がジャッジし,
最初と最後のみコメントや受験者に要望が
あっただけでした。あまり発言量の少ない方には意見を促した程度でした。

大勢の受験者を集めて集団"討論”をするのかと想像していましたが,
少数のグループに分れての会議室の様な場所での一斉の"試験"でした。

初めての密閉された部屋(大なり小なり中規模であり)というのは
ひとは誰でも警戒したり緊張するものです。
私も多少緊張しました。天井が低く,
あまり大きくない部屋でした。

どこかで最近,この雰囲気を味わったなと,感じました。

そうだ,裁判所裁判員に選ばれて"特別室"の様な場所で
"宣誓"を誓った時の部屋の雰囲気に何処か似ていました。
裁判所の部屋はもっと重厚で威圧感のある部屋ではありました。
しかしこの緊張感は私にとって似ていました。
他の受験者もまた皆さん全員が多少緊張していたと思われます。

テーマは残念ながらはっきりとはお伝え出来ませんが,
入室で許可されている物は紙1枚と鉛筆のみ。その他の
辞書,携帯端末機は一切使用不可でした。

討論=議論=会議というのは,
流れを作るのに"キーマン"が必要です。
良い流れを作る為には,ひとりだけでなく,もうひとり"補佐役"の
様なひとがいるとスムーズに流れてゆくという私なりの経験則があります。

たまたま偶然,私達のチームは物怖じしない,そして配慮のある
素晴らしい "キーマン”がいました。
最初から口火を切って下さり,気持ちの良い"討論会"
になったと思います。私は準"補佐役"的な立場にさせて頂きました。
こうした流れは,各自,譲り合いの精神となります。
お互いに初めて接するひと達ばかりです。
人間というのは不思議なもので,厳しい環境下で出逢った他人同士は連帯意識
が芽生えます。緊張や不安が強い程,その連帯感を生むスピードが速まります。

そんな状況下で意見をまるで伝えられないひとは問題外でしょう。
しかし,相手の意見を汲み取る意識が欠け,
配慮のない自己主張ばかり強い者はさらに問題でしょう。
受験者は皆さんがそんな事くらい始める前から当然気がついている筈です。

私達は,紙1枚と鉛筆を与えられていたので,私は
相手が意見する際,いつもと同じ様に"絵"を描いてゆきました。

絵というより,私しかあまり意味のない図です。

社会人の方で,同じ手法を取り入れている方も実は結構,いるのではないでしょうか?

私の場合,単語や文字だけだと途中で
何がなんだか訳が分らなくなってしまいます。
あと自分の記憶力に自信がないためです。

討論の流れを2次元の図式化してゆきます。
そうしてゆくと,誰が何を主張しているか,
誰と誰が少し意見が食い違っているのか,真反対なのか,
妥協点は何処か,複数の意見では,"相手"を
滅多に間違える事がありません。

+-=記号や〇×△など場合によっては自分しか分らないような変な記号まで
色々使います。線の太さを変えたりします。

討論や会議が長引けは,
どんどんその図は複雑になってゆきます。

今回の討論の試験は長時間ではなく1時間程だったので
私の図はそんなに汚れませんでした。

またそもそも討論自体が”試験"なので書く時は
時々"一瞬"で終わらせる必要性がありました。

紙に書いた自分の"落書き"は持ち帰って良いことに
なっていたので,"記念"に持ち帰りました。

私の座った席の左右は"両手に花"つまり女性でした。

右側の女性は私より若い方で,左側の女性は私より
遙かに"うら若い"方でした。
つい左側の彼女に"敬語"を使う事を忘れて質問してしまい,
不味い!そういえばいま"試験中"だと焦りすぐに謝りました。
"いいんです"とおっしゃってくれて
周りから失笑されました。これでは"落第"だなと心の中で舌打ちしました。

私の持ちかえった"落書き"を改めて見れば,
細かい討論内容は思い出せませんが,出逢った方々のお人柄が"蘇って"きます。

昼の食事時間はたくさんありましたが,
レストランは予約席ばかりで他の店も凄く混雑していて,
食べる気が失せました。

午後の面談まで時間を潰すのが,大変でした。
外出してぶらぶらして時間を過ごしました。建物の中を散策していると,
随処がアートです!一階の外に"人工の水辺"がありました。
素晴らしい公共施設です!特に意味もなく,駅まで行っては戻ってきたりもしました。

↑建物の随処に階段がありました

そんな合間もあるだろうと見越して,
また読み直したい本を持ってきました。
2冊持参してきましたが,一冊は武道関係の書籍,
もう一冊は矢沢永吉さんが51歳の時に書いた本でした。
あの有名なオーストラリア史上2番目の規模の腹心に依る30数億円の
横領事件を逃げずに自力で完済した後でのエッセイ書です。

最初から最後まで一気に読み切ってしまいました。
途中からまた目がかすんで自分にとっては大事な"目薬"を持参してくるのを忘れていました。

個人面談の際は,
目にダメージを受けた感じで
試験官の方の表情がぼんやりしていてなんとなくしか分らなく
なってしまっていました。ただ目付の鋭い方がいらっしゃって
その方の目は何度もはっきりと肉眼で判断出来る事がありました。

あとは"声"の響き方でどんな表情をなさって
いるのかだいたい想像出来ていたつもりです。
試験官との距離は数メートルはありました。

午後の個人面談は,順番が今回の試験の最後から2番目と
なりました。覚悟は出来ていましたが,かなりの長丁場となった訳です。

面談票を見ながらの試験官の方々の質問は,
私の"予習"="準備"などまるで通用しませんでした。

私から観ると突飛な質問ばかりでした。そして鋭い質問でした。
私の準備した内容は10%も尋ねられませんでした。

ただ,精一杯,誠意を尽したつもりでした。
部屋のほぼまんなかに受験者の座る椅子がひとつしかありませんでした。
奥の壁に試験官の方々は横並びに座っておられました。
まるで,裁判所の被告人になったような感じましたが,
嘘を言わず,きちんと受け,答えた筈です。

自分なりに最善は尽した,つもりです。
しかし,態度,振る舞い,自分にとって完璧ではありませんでした。

悔いが残っているか,という
面では,悔いは全くありません。

最初は"負け戦"で挑戦していたかも知れません。
しかし途中から"本気"にさせてもらいました。

今はもう落第して落胆しても,満足です。
現時点での自分にとっては全力を尽した一日となりました。

個人面談を終え,ドアを開けた時,
先ほど討論の時,左側に腰掛けていた,
"うら若い"女性がドアの外の椅子に座って
ご本人の"面談"を待っていました。

今度こそ"タメ語"で"頑張ってね"と笑いながら私は声を掛けました。

精一杯相手に"エール"(はなむけ=餞=贐)を心の底から送信したつもりです。

"ハイ"とひと事,明るい笑顔で返してくれて,嬉しかった。

振り向かず,
エレベーターに乗り建物を出ました。

ネクタイをゆるめてふらふらしながら,
ひと気のまばらな駅のホームにいました。
もう夕方になっていました。

何がしたいか・・好きな女と寝たい・・
と一瞬・・"猛烈"に思ったけれど,まず
"煙草が吸いたい"と咄嗟に思いましたw。

昨日もそうでしたたが,
今日の本郷台駅周辺も,喫煙所がありません。

本郷台の住民の方々には喫煙者がいないのか?
と思う程,喫煙所がまるで見当たらないのです。

永い一日が終わろうとしていました。
疲れていたのでベンチに1人腰掛けました。
電車が暫く来ないので,また読み終わっていた本をカバンから引っ張り出しました。
最後の方を適当にさわり広げ,写真を撮りました。

経験者は頷いて下さるかも知れませんが,
在職中の求職や面談などはこんなにも骨が折れて疲労するものかと
改めて実感しました。

↑帰宅途中の西側の空。疲れていたせいか手ブレの酷いピンボケのショット。

自分を少しだけ"赦して"やろうと
思い,安いウィスキーとハンバーガーを買って
帰宅しました。安酒が沁みました。

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