姪の結婚式で新しくフォーマルをオーダーした!-日本人男性の”冠婚葬祭”用-“礼服”スーツに関して改めて考えてみた!!

とても美しい姪と"ハンサムな花婿"が先日,2月14日(バレンタイン・デー)に
結婚するという事で先日,慌てて礼服をオーダーしました。

↑自室にて。所有していた2着に加え,今回オーダーしたフォーマルを並べて検討してみます

姪の"結婚式"にあたっては
現在自分が所有するフォーマル=礼服を探したところ2着しかなく,
今の自分にとっては"フィッティング"がいまひとつ良くなかったからです。
(数年前まではずいぶんと太っていたのかも知れません)

↑強い動きをするとおそらく”破れる"程にタイトに新調した礼服
(写真機=デジカメが壊れているのでリアルに表現出来ず恐縮しています)
↑今回オーダーした礼服。
ラッシュが"炊けない”デジタルカメラの画像にて恐縮です。ナチュラル撮影(ネクタイは今回の"儀式”では使用しないもので昔から所有していたもの)

※式場へは車で出向き無事に到着できました。
とても素敵で斬新的で盛大な"披露宴"でした。

※また日本人の男性の視点でこの記事を掲載します。
"在日の男性の外国人の方"でこの記事が少しでもご参考になれば幸いです。
※尚,今回の掲載写真ですが,既に壊れ掛かったデジカメによる写真にて撮影,
"ストロボ撮影も不能"にて表現力が落ちている"暗い"画像で誠に恐縮です。
↓既に新しいコンデジ=デジタルカメラは所有しており,
以後記事内において,リアルな画像のアップに努めます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

今まで仕事用の"背広"は50着以上は常備し,
ネクタイは数百本,まだ若かりし頃は
社会人としてそれなりに営業→活動的だったのか,
"仕事着"には困りませんでしたが,現在では
背広を着る機会が極端に減り9割以上を既に処分しています。
現在ネクタイだけでも数十本しか残していません。

"歳老いて"?w,過去を振り返れば
日本の冠婚葬祭に関しては結婚式の披露宴は50回以上,
葬儀は通夜や告別式を含めると100回以上の経験があり,
一般の方よりは,やや"つきあい"が多いかと思われますが,近年では
お祝い事よりも悲しみの儀式に参列する事が
多いのはとても寂しい事です。

さて,日本の冠婚葬祭に関して,
男性のフォーマル(礼服)は一体何が正しくて何が不謹慎というか
失礼に当たるのでしょうか・・です。

↑欧米ではビジネスシーンでも当たり前のように
普段から使う方が多い"チーフ"ですが,
日本ではとても馴染みの薄い"ツール"=道具です。
日本では"友人"として参加するならば,
"一般的"には必要のないアイテムともなります。
しかし,親族の男性がおおむね胸のポケットに入っている機会もあります。
"冠婚"において"チーフ"はどれだけ"相手”の幸せを願っているかという
度合い=”ものさし"になっているという事=相手を尊重しているという世界的な身だしなみ,を忘れてはなりません。
立場の問題ではなく,日本以外の先進諸国では10代のティーンでも
パーティなどでは当たり前のように胸ポケットに挿す"チーフ”ですが,
このアイテムの"存在"は以外にも案外,日本の"老人"でも実はかなり
"理解"=評価=好印象(つまりウケが良い!)であるという事実はあります。
経験的に観ても"地方"=田舎でも顕著な効果があります。
これは慣習というより,人間の"目"意識が"世界共通"だからなのではと
感じている次第です。たとえは,式そのものが重厚で,
"あなた"にとって"その式の当事者"がかけがえのない相手の場合,
親戚・友人・・立場など関係ありません。
友人であろうと,親族であろうと印象の良いものはどれも"活用"すべきです。

以下↓の記事も経験から当方の独断と偏見の一過性の意見となりますので
あくまで貴殿のご参考として頂けると有り難いです。

まずは”不幸"の身だしなみから・・。
"葬式"(ひとの死)に関しては,
私の経験から感じる事は,
スーツは"漆黒"に近い事,
これに尽きます。

日本の場合,黒ければ黒い程に”良い"です。
何故ならば,漆黒は周りの"無駄な光り"を吸収できるからです。
つまり状況的には遺族にとって極めてタイトな心理状況であるという理由です。
喪主も遺族もろくに睡眠すらしていません。
これは様々な宗教を超えた日本の慣習です。
相手の目に映るものに光沢(まぶしさ)があってはいけません。
"相手=遺族"の悲しみをさらに辛辣にしてしまう可能性があります。
礼儀作法として,光沢のある素材は絶対にNGです。
遺族の"断腸の思い"に"塩をかける様な行い"=態度は避けたいものです。
"眩しさ"とは夢や希望,将来につながります。
従って,光りを反射する素材のフォーマルはタブーです。
ワイシャツも然りです。
女性であれば例えばネックレスに関しては,
"本物の真珠"でなくてはなりません。
葬儀の場合は"偽物"をするならば最初から
"潔く"全ての装飾品を絶って下さい。
女性の場合,補足として"メイク"=化粧においては,
光りを反射する素材=コスメは一切"タブー"です。
"肌"に自信のある方は
一切メイクをする必要すらありません。

重複しますが,男女共に同じポイントとして
白でも光沢のあるシャツを着服してはなりません。
色が光りに反射しない素材を選択する事がまず肝心です。
細かいデザインやディティールは他人はあまり気が付かない事が多いでしょう。
黒・白の濃度はつまり最大値でありながら,
"葬儀"においては,"光沢のない素材"を留意して"選択"することが大事です。

"葬儀”のネクタイに関しては,
多少"光沢のある黒"でもある程度は赦されるとは思います。
(勿論,光沢のないものがあればベストですし,派手なものは当然NGですし目立つデザイン柄のものは一切不可です)

この記事の本題に入りますが,
一方,冠婚(お祝い事)ではどうなのでしょうか?。
これもまた日本の場合,かなり"地域性"があって
なかなか難しいのですが,私は個人的には
葬儀よりは多少,自由度があって"フリースタイル"でも良いのではと
考えています。→本来個性を尊重したスタイルでも許容される
のが"祝い事"と,あくまで,個人的には判断してます。

しかしこの意見は↑あくまで"友人として披露宴に出向いた場合"となります。
”親族"としてのケースでない事,ご留意ください。
1番大事なのは挙式において,まず見た目の"実年齢"の問題があります。
"若年層"であればかなり”大目"にみてくれる側面はあるという事実は,
日本の"風習"のとても良い部分だと思います。冠婚と葬祭ともに
都市・地方ともに,おおむねその点(若年層はある程度までは無礼は許す)
は同じでしょう。

親族側になり,
実年齢をある程度重ねた者となれば,かなり
"泳げる範囲"はタイトになります。
儀式をきちんと捉えなくてはならない年齢は,
男女共に,雑感ですがおおむね,どの地域でも日本では実年齢は"30才"から
となるのではないでしょうか。
あくまで実体験からくる"経験則"=データとなります。

葬儀と同様に"親族側の男性"のフォーマルにおいて,日本では
華やかさは禁物なのが一応,一般的な慣習とされています。
つまり親族の男性は"地味"であれ,という事ですね。
余談になりますが,"両家"の新郎・新婦の"母親"たる者は,通例,
"黒色”を基調とした"和服"が"挙式"では多いです。
日本において"ドレス"は一般人では極めて稀,です。
経験上,その"事実"はありましたが,所謂
"一般的人の披露宴"ではありませんでした。
私はそんなことはどうでも良いのですが,
日本語で謂う処の,"反社会性力"と呼ばれている方々の披露宴においては,
ほんとうに何かもかもがほんとうに鮮やかで"華やか”でした。

一般的な最大公約数的な披露宴においての"母親"達は,
髪型は普段は"ロング"の方でも基本は"束ね”て"短く"します。
これが日本の典型的なスタイルです。どの地域も間違いないかと存じます。

やはりここでも,葬儀の様に”親族サイド"は男性の場合に関して,
スーツは限りなく"漆黒"である事が良いとされています。
私から観れば,これはかなりおかしな話なのですがw。

お"祝い事"なのに
なんで葬儀の様に光りを吸収する様な色素材ばかり
が良いとされているのか。

"親族"の冠婚での日本の慣習に,不満な要素となります。

"冠婚祭"では,”狭い実面積"な国な割にはW,
日本というのは47もある都道府県,
いろいろな慣習(しきたり)というものが,多くあります。

それと大事な要点で日本では"無神論者"と非常に様々な
"いろいろな宗教"=宗派があります。
各地方と宗教が絡むと実に厄介ですw。

まずは無難に宗教を感じさせる様なアイテムは一切,御法度となります。
両家ともに一大事なイベント際,
親族のいずれかの"反感"を買う事は出来るだけ避けたいものです。

日本の冠婚葬祭は不特定多数(世代・イデオロギー・各宗派)が集まる儀式です。

結婚式での披露宴において細かい事を述べれば,
以下,↓今回私があえて掲載する"検証用"の写真の様に,日本独特の慣習として
縦線だけが入ったネクタイは"セーフ"なのですが,私の所有している様ないろいろな色(緑・銀・黒)のデザインのネクタイの"柄",
このようにクロス(つまり十字を切っている)する
デザインなどは日本の冠婚葬祭ではまず"絶対"にやめるべきです。
日本の場合,宗教的意味合いを感じる方が"少なくない"からです。
つまりそれを観た相手の短絡的な発想で,
"十字=十字架"="犠牲的な愛"→つまり嫁や婿のどちら側の親戚にせよ,
誰を,誰が犠牲愛を払うのかという・・相手側に"威圧的"な人間がいる・・
と評価する方が日本人の中には相当な人数で存在する可能性があります。
このサイトは私が運営しおり,冗談話はしません。こうした些細な事も,
地域社会での披露宴では"大問題"に発展する可能性があるのです。
つまり不幸の"香典袋"においても
"ユリのお花や十字架が書かれている物"は、キリスト教,
"蓮(はす)のお花が書かれている表袋"は仏教で使用するものなのです。
自分がキリスト教派だからといって,一方,仏教派だからといって,香典において日本の儀式において"自己”を"主張”する事は,不謹慎とみなされます。
この国では避けるべきです。すくなくとも,この国の儀式というものは,
参列者や個人が尊重されることはありません。あえて,行使すればその者を不謹慎者,非常識者な人間として判断されるでしょう。

※ご注意:明らかに生を受け実存していた
イエス・キリスト(英語:JESUS CHRIST)の"愛"を"極致"とする,
"キリスト教"の信者は全世界で22億人をかるく超えると謂われています。
日本国内では"ローマ・カトリック教徒"、
"信仰のプロテスタン派"と・・"頭の悪い私"なりにですが判断しています。
お恥ずかしながら"無神論者"である日本人の私にとって,
2大宗派でも十字架="クロス"に関しては,
極めて重要な"記号"ではないかとは考えております。

さらに細かい事を述べるなら,
縁起を強く担ぐ老人が式に参列している場合を想定すると,
線のデザインが斜めに斜線になっているネクタイも駄目です(冠婚用として売られてはいます)。

日本の奥深い"地方"で礼式がある場合,
斜線のデザインの強いネクタイは
出来れば止めた方が良いでしょう。
都市部でない場所では特に結婚式の披露宴の場合,
線の強さ,角度も留意すべきです。
(斜め=斜線のみは駄目で"格子状"であれば一般的には"許容範囲"になるかと思います。しかし強調されたラインは,避けた方が無難です。
先日は"地方"の披露宴ではありませんでしたえが,
私は"親族"としてかなり控えめ?に
格子状のデザインのネクタイとシャツをオーダーしました)

まぁ,友人として招待=参列されている場合は常識的な範囲内で
選択すれば良いことで,そこまで気を遣う必要はないと思いますW。
それこそ"息が詰まって"しまいますから!w。

ただ,やはり"実年齢"という"ものさし"で評価する人間が
日本人には多くいるのも事実です。
本当にとても"相手"を良く"観察"している方というのは大勢います。

女性であれば,例えば,動物柄の備品の全ては
一切駄目=非常識な頭のおかしい親戚だと評価される可能性が起こります。

貴方自身は言うに及ばすですが,
当事者(大事な本人達のセレモニー)にイメージ・ダウン・・
"ダメージ"を与える事は日本人として慎むべき,だからです。

"豹"であったり,"トカゲ"だか"ヘビ"柄?であれ,いぬや"ネコ"であれ,
"動物柄"のバックやコート類は全てがNGとなります。
私自身は,そんな事どうでも良いとずっと感じてきていますが。
("生"を弄ぶ者が場にいるとされ?地方に依っては
その態度は"殺と死"を意味するそうです)

当然,私はこんな事など腑に落ちず,
個性の尊重ならなんでもOKな人間ですが,
異常なくらいに"縁起"とか"プライド"に拘る日本人がいる,
というリアルな実体験は日本人として経験則から得た答えとなります。

冠婚葬祭においては,
異様な"事例"は度々ありますが,
今回はおもに男性のファッションwに
限定してお話しさせていただいております。

でも,先日の"姪"の結婚式においては,
ちょっと叔父としてほんのすこしだけ"冒険"させて貰いましたw。
今回,オーダーした礼服はやや,というよりかなり
反射率の強い背広を選びました。(親族らしからぬ行為です)
インナーにおいても,上着以上に"光"を吸わず,
光りの反射率の強目なシャツやネクタイを"あえて"選択しました。

"披露宴"ではプロジェクターから送信されるほぼ"映画"ともいえる
クォリティーの高い映像が3回は流れました。
私が若かった時代とはまるで違い,
21世紀の日本の"披露宴"をプロデュースする側は時間との戦いだと感じました。

つい1.2時間前のプロが録画された動画や画像は
複雑なカッティング=カット割り(編集)が施され,
エンディングでは見事に編集された"参列者"を交えたセレモニー自体が"映画"となって巨大なプロジェクターに発信される。
プロ・カメラマン達による膨大なショットは編集され,
後にサーバに保存され,既にリンク先とパスワードは”引き出物"の中に素敵なカードとなっていました。
それも2週間後の余韻="お楽しみ"として期間限定のserviceとなっている。

無事"披露宴"を終え,以下,
"老婆心"ながらあくまで”叔父"として素直に感じた事を述べさせてくださいね。

"美しき姪である貴方"と伴侶である"若きハンサムな貴男"="新郎"は
もう既に愛とは多くの膨大な紆余曲折な月日と年月を経て
"育くむ"ものであるという世界恒久の"真実"を知っているご様子でした。

あなた達のように
"相手の世界"を汲み取ろうとするその謙虚さと誠実さのない者が
生涯,人生で"恒久的な愛"を得ることが出来たという
おとぎ話は聞いたためしが,少なくとも私になかった。

ひとに依っては所詮,"幻"にしか過ぎないとも感じる
"愛"というまるで見えないし聞こえない存在は,時にして,
"世界”はその恒久的な"愛"を"絶対愛”と称してきました。
"献身愛"とも"犠牲的な究極愛"とも称されてきました。

この"愛"を傍受出来る者は
21世紀の現代の日本においても世代や"年齢"の問題ではなかった。
"姪"と"新郎"は私のような者にとっては,まだまだ
うら若い方達なのに"お互いの不断の努力"を決して怠らなかった。

披露宴に参列した多くの親族を含めた"老齢者"とこの私でさえ,
同じ感慨を受けた者は少なくなかった筈だと私には思えました。

ご存じの通り,
私にとって姪にあたる貴方の実母と私は同い年です。
実子のいない叔父である私=男として"襟を正す"思いで,
"姪"というよりはむしろ"父親”のような感覚=感慨を持って
カメラのファインダーからあなた方たちを追いかけました。

当然,
プロのカメラマンには当然及びもつかぬ
"手ぶれ"ばかりの素人カメラマンでしたが,
撮影した数百枚の中には
自分が撮影したとは到底思えない様な
絶対にあり得ない,ほんとうに驚く様な"写真"が何枚も出現しました!
↓個人情報なのでカット編集にて掲載します。

↑プールサイドにて。二人と"カメラ"=つまり私との距離は5メートル以上。
素人にとって望遠レンズの状態では,被写体は強く手ぶれが起きてしまいます。
スマホやアイフォンでキャッチするとなると,かなりハイレベルでは・・。
新婦が放つボールにたいして,新郎が右足からコントロールを生かしたボレー・シュートを
プールの逆サイドへ蹴る寸前をショットした。

あなたの"おかあさん"と
"お二人"にはプロが捉える事の出来ない
目の悪い叔父が追ったショット="瞬間"を観て頂けたらと願っています。
当然,私が撮影した数百枚の写真の総ては"お二人"のものです。

もしかしたら,
私の眼は"光"を失う可能性があるからです。
この記事を書いている今,
眼球や周囲の付随運動,
視力の状態の悪さ,酷い痛みは
逼迫してきている風に思われる。

私がこの世を去ったのちも,
いついつまでも
おふたりの人生と幸せが”2.14"以上に不動であり,
そしてこの"世界”が今よりもずっと,もっともっと素敵である事,
心より祈ってやみません。

ほんとうに皆が誰もが,
嫉妬し?w,そして感動を覚えた,
そんな思い出に残る鮮烈で素晴らしい挙式でした。
ありがとう。

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