“1部視聴可!!”-“断捨離”とは!?-“義理の兄貴”からの”プレゼント”に”触れて感じた大切なこと!!

"入れ墨"だらけの
"義理の兄貴"から
"プレゼント"が到着!!

結構長い間・・"到着"
楽しみにしていました!!

"其れ"は2個口の荷物で
実の父が郵便配達員から
受け取ったところ相当に
重いと謂っておられましたが
実際は私が持ち上げてみたらたいして
重くはなかった。

でも・・一般的には
かなり重いかも・・w。

それからしっかりと荷物は
"着払い"でした!!w

苦笑しながら・・
荷物を開梱し始めた。

それにしても、
なんて"汚い段ボール箱"w!!

まるで何度も配達不在で
荷物がたらい回しの状態となったり、
不良"返品"されて会社"気付"にリターンされて
きたような様態の段ボール!!w。

けれども中身は・・
決して"汚れた品"では
ありませんでした。

"匂い立って"きそうです!!

"濃厚"な"黒い妖艶なる芳香"が
立ち上ってくるかの如し・・ある予感がする・・。

メディアの"塊"の渦・・

9割以上・・が黒人音楽。

白人や日本人は数枚程度。

それにしても
数枚ほど違うジャンルの
ものがあったものの殆どが
"ヒップホップ"ばかりです。

そして90%以上が
メイド・イン"アメリカン"!!

私に送られた音源の殆どは
"ニュースクール"時代の
"ヒップホップ"の銘盤の数々。

それが数百枚!!
"感無量"です!!

一枚一枚、
丁寧に向きを揃えながら、
区"分けて"ゆきました。

既に自己所有し
"重複"している
"皿"(ソース音源)はおよそ50枚前後。

↑送られてきたCDの中で
Randomに床にざっと並べてみる。
掲載写真のアルバムの9割は既に自己所有しており・・残念である。
これらはもはや"クラッシック・バイブル"=
"マスターピース"と呼ぶにふさわしい名盤の数々。

そして・・
見知らぬ音源も多数見受けられます。

↑ニュースクール時代で唯一の白人は・・
"ビースティー・ボーイズ"のみだった!!

自己保有していない
ジャケだけは知るかなり
"レア"な"皿"も混在していた。

↑日本のヒップホップは数える程度だった。
中央のWaxの音源はなかなか渋かった!
左側の金色ジャケはジャンル違いの
"ブランキージェットシティー"(BLANKEY JET CITY)。
他にもコアなハードなバンド系統は数枚程度。
ガンズ(Guns N' Roses/略称GN'R)や

相当レアなロックバンドの銘盤が数枚混入していた。
ヒップホップに関しては残念ながら
例えば"ライムスター"の1999年辺りにリリースされた今でも気になっている
アルバムは入っておらず残念だった。

これだけの枚数を集めるのに
どれだけのコストと時間が
費やされたことか。

プロの音楽家(仮にDJ)でなければ
普段は仕事があって誰もが皆
時間というものは限られてきます。

"兄貴"はマンションを購入したということで
引っ越しで身辺整理をしていた。

眼下の大量の音源に触れ
兄貴のことを考えると
ふとつい・・
少し"胸が痛んだ。

↑"ドル箱"アーティストのみが集約された
邦(日本製)盤の2006年に作成された2枚組オムニバス。
多量な音源の中にひっそりと日本製のもの(品番UICY-4226)があった。
なんとなく気になり再生してみた・・

"ほんとう"はきっと
"手放したくはなかった"のではないか?!

disc1のNo.16のナンバー。
後半の凄まじいボーカルの輪唱は一聴の価値あり。
日本でも"結婚式"で使用されることが度々ある。
K-Ci & JoJo - Tell Me It's Real (Official Video)
↑過去のオムニバスの殆どは"屑"である。
ましてや邦盤(日本製)のオムニバス盤の評価は世界的に低い。
たった1枚のオムニバス盤で日本円に換算して
10万円以上のバイヤーへの支払いが生じる程の"名盤CD"は世界的にも極めて稀である。
このCDも・・・価値のないものに見えた・・しかし・・!!?
この2枚の円盤(皿)においては
ディスク1の16曲目で私を立ち止まらせた。
CDを送ってくれた"兄貴"自身のことを考えた。
ディスク2は本当に素晴らしかった。

オムニバスなんか価値を見いだせない私でさせ、
久しぶりに
"熱いもの"が身体を走査する。

純粋にこのオムニバスを監修した
日本人制作者側の強くも深い"リスペクト"をダイレクトに感じたからに他ならない。

しかし"断捨離"とは
"かくもこういうことを謂うのだ"・・
と身に染みて感じましたよ!

disc2のNo.10
Nelly - My Place (Official Music Video) ft. Jaheim

"ネリー"が当然主役であるが、肝心なフックを若手のジャヒームに歌わせる。
オールド・ソウルの名曲をちらべて、深いリスペクトと哀愁溢れるボトムの太い楽曲に仕上がっている。

21世紀現代のすばらしさは・・言葉や画像だけで単に素晴らしいと評価する前に、
YouTubeコンテンツがあり、画質や音質劣化を無視できれば最後まで視聴可能であるということだ。
Official はリスナーにたいし、最終的には無料化は無視しないうえで、
初めて触れる作品やアーティストを将来の
"潜在的"のファンが知るきっかけとして潔く提供もしくは温存=歓迎をしている。

今回"兄貴"が送ってくれた邦製のR&Bと称されるオムニバスアルバムから・・
数曲抜粋させて貰いたい。いずれもこの私にとって極めて"リスペクト"を感じるナンバーばかりである。
日本人ならば誰でも知る、IncognitoのDon't You Worry 'Bout A Thingなどはあえてリンクを貼らない。
また女性シンガーで私が大好きな"キーシャ・コール"の歌声も貼らない。
お時間あれば是非とも黒人音楽のすばらしさを感じて頂ければ本望である。

disc2のNo.3
Chanté MooreStraight Up
disc2のNo.4
LL Cool J - Paradise (Official Music Video) ft. Amerie
今回のオムニバス中最も強い"リスペクト"を感じたテイク。
思えば、ニューヨークアンダーグランドレーベルのO.C. のBorn 2 Liveがすぐに想起する。
"Paradise"のリリック(Lyricsh)の内容は"なんだかんだいって・・普通の女性がいいな・・"という
至って"ゆるい"歌詞であるが((O.C. のBorn 2 Liveにおいてはストリートに"散った仲間"や故人を
偲びリスペクトする崇高なライムとなっており、比較するほうがそもそも馬鹿げている。

しかしながら、LL Cool Jの声の質には深い"リスペクト"の念が溢れており、"軽薄"さは微塵もない。
さらには脇を"エイメリー"が美しい
声でしっかりと最後まで"リード"をガードしている。

強いリスペクトを感じさせるも過去を踏襲しない新しい"音楽"となっている。
見事だ。

以下の"Keni Burke - Risin' To The Top"のサビが本来の音楽的な"ルーツ"である。
当然ながら以下の"原曲"は本オムニバスには収録されていない。
↑折角なので私が想起したO.C. の Born 2 Liveのリンクも張らせて頂く。
90'sのイーストコースト & D.I.T.C("Diggin In The Crates)である

ニューヨークアンダーグランドの中でもひときわ
クラシックとして世界的に名高い名盤、
若き頃の"O.C."のアルバム"Word...Life"内収録の"Born 2 Live"である。
ストリートで"散った"(死んだ)仲間たちへの"レクイエム"="挽歌"である。
知性・教養・表現力は見事にブレンドされ

ストイックな凄みのあるライム(ラップ・スキル)は
現代も今尚リスペクトされ続けている。

自分も"断捨離"は一年に
数回(春と秋、多くて夏の合計3回程度)
しているけれども、"私の行い"は
"本来の断捨離"とは言い難いものです。

自分の断捨離は新しく所有したいものが生じたから
古いものを処分しているのに過ぎないのであって、
本来の"断捨離"の"業"とは明らかに異なります。

つまり保管場所の確保と
およそ似た他アイテムの
重複を避けるための"断捨離"(処分)。

これは断捨離の本質とは間違いなくかけ離れています。

私にとって音楽(音源)はおそらく一生掛けても
聴き倒せないくらいのメディアを
所有してしまっていますが
兄貴の"CD"も・・
こうして受け取った(継承した)からにはこの先大事にしてゆきます。

いつもひとから譲って貰ったり、
プレゼントして頂いた品は尚更の事。

私は・・
異性(女性)から頂いた(貰ったもの)は
殊更・・です。

相手がどんな気持ちで
プレゼントしてくれたのか・・
手紙を書いてくれたのか・・
そんな事を想うと・・
"処分"する際に下手をすると今の自分の"魂"さえ
"穢す"行為なのではとふと"重く"感じる自分がいたりする。

誇張した大袈裟な表現ではありません。

"一期一会"という言葉に凝縮されている
日本人特有なある非凡で一定の割合の
"癖の強い"生き方のひとつだと思っています。

だから・・私は
いつまでも本当に何もかも
処分できない・・性分です。

その"所業"は私自身にとって全てが
良い方向に繋がるとは言い難い。

どんどん増え続ける"メディア媒体"。

数ヶ月前に
"CD-R"に記録した
"サンプリング・データ"の
整理をしてケースにしまったばかり。

でも中身のデータベース化や
"確認"は殆ど行えておらず、
ただケースに収納したのみです。
↓結局収納ケースにデータを保管しただけで、
サーバーラック天井のスペースに押し入れしてしまった・・

いつになったら
そんなメディア媒体の
"ストレージ保存"をするのやら・・。

それにしても・・
またもや"ヒップホップ"の
ソース音源が増大し
・・・CDのラック棚に"兄貴から頂いたCD"の総ては
収納しきれなくなってしまいました。

【追伸(PostScript)】

お久しぶりです。
もう何年とお会いできていません。

これは兄貴のせいでは全くなくて、
ただ単に私と姉との"確執"のせいです。

愛し合った筈の男女同士。

日々の暮らし="育み"の中では
誰もが色々あるとは思います。

実の姉のそばにいつもずっといてくださって・・

兄貴のこと・・
私はいつも・・
いつも感謝しています。

"姉"というひとりの"オンナ"は多分、
"オトコ"なしに独りきりでは
生きてゆけるひとではありません。

それから・・
兄貴が何をやっても私は細かいこと
何も文句を謂える立場ではありませんし・・

そもそも私は・・
兄貴は何をしたって全然構わないと思ってます。

姉も姉ですし・・。

でも・・
兄貴にとって
とても些細で軽微な事柄でも・・
お勤めで務所暮らしになって留守が
永くなるような可能性のある事柄は
是非とも"一歩前"の
目先の姉とのこれからの
未来のことを考えて
避けてやって下さる
ことを願ってやみません。

もし兄貴に
何かあったら・・

"あいつ"は
きっとすごく泣きます。

姉は・・きっと
兄貴のことを凄く
深く愛している
からです。

きっとそれが
"あいつ"の本心です。

私には・・
それがわかります。

こちらの
実家の面倒は今後とも将来
総てを私が処理してゆきます。
姉にも兄貴にも迷惑を掛けるつもりはありません。

どうか・・
いついつまでも・・

姉の傍にずっといてやって下さい。

これからもどうぞ
よろしくお願いいたします。

そしてこの度は大変貴重な品々を
送って頂き有り難うございました!!

心より感謝しています。

【備忘録】"断捨離"とは?!・・

"断捨離"とは単純に不要な物を処分するだけでなく、
物質に囚われずに生きていこうとする考え方そのものを指す。

急激に加速化した情報過多の21世紀においては
ひとつの哲学的思想と私は個人的に判断する。

そもそも"断捨離"は"片付け"論の一つであり"断捨離"という言葉そのものは
1976年の日本の著書"ヨガの考え方と修業法の上巻"(沖正弘=Masahiro Oki"1921年-1985年")
において初めて起用されたとされる。

ヨガの"断行"と"捨行"や"離行"という
3つの考え方に基づいて提唱された。

"不要な物を断ち、
そして捨て(破棄)、
物質や物体から離れる=執着しない"という生き方を目指すことが
心的ストレスを完全解放し、
本来の各々の"人間力に回帰できる"という
思想であるものと考えられる。

極端な例を挙げれば、
引っ越しや転居の際に何もかも処分してしまうというやや"大掛かり"な
"荒業"がある。書籍も友人や知人、そして大事なひと(所詮過去の人物)からの
"ふみ"すら根刮ぎ総て処分するというやり方がある。

しかしながら、
"断捨離"の本来のあり方は
何もかもを破棄することでは決してない。

たとえ他人から見たら
ただの"石ころ"にしか
見えぬような"貝殻"であっても、
ひびわれ枯れきった
"四つ葉のクローバー"であっても
くだらない"寄せ書き"や一見
他人がみたら落書きのように写る
"恋文"であったとしても・・
それが"あなた"にとって本当に大事
なものであると直感したならば、
絶対に処分破棄せずに"遺す"ことこそが
"断捨離"の思想の真髄には或ると謂える。

そうした鋭敏な作業を行ってゆくうちに
ひとは心の平静さや人間性の鍛錬となり
日々成長(成就)してゆくという
現代思想のひとつであると
個人的に判断できる。

それはたった一枚の便箋で
他人からみたら落書きにしか
見えないようなものであっても、
もしかすると・・
それが"あなた"への絶叫に近い強い
"シュプレヒコール"=エール(励まし)のメッセージの暗喩であったり
海のように深い"愛の告白"であるのかもしれない。

"遺す"か・・・
"潰す"のか・・

漢字は非常に似ている。
それには深い意味が或る。

表裏一体な為だ。

"破棄"なのか・・
"遺す"ものか・・

その選択肢は各々にありき。

もしも
触れた瞬間に・・
迷うものあれば"今"は
棄てては決してならない。

これが断捨離業かと・・。

"断捨離"に近い発想を持つ
"ミニマリスト"という表現が外国圏での
現在では多用されることが屡々散見されるようになった。
また他にも異なる英語表現は近年多く散見され
現代を生きる者のひとつの共通した世界観となっている。

"断捨離"がなかなか出来ない人間の
"断捨離"論となりました。

この私もはやくひとや物事に執着せず、
"潔い"(いさぎよい)人間になりたいものです。

↑邦楽専用の棚として一応"区分"している。

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