日本の”ヤクザ”-“指定暴力団”をあなたはどう思う?-将来の日本の”無法地帯化”を抑止するその力の本質とは?!-“護身術”を検証する!!-【Vol.Ⅰ】

【ご注意ならびにご理解のお願い】
この記事の文章と画像の一部分は極めて暴力的で
過激な表現が含まれます。体調の悪い方や
気分のすぐれない方は決して読まないで下さい。
あなたの体調を崩す恐れがあります。
まず免責事項としてこの件に関して"本サイト"は一切責任を負わぬ事を明記させて頂きます。

またこの私の"個人的な発言"記事内容は
強い"非難と抗議"や各団体からの"圧力”を受ける可能性があります。
しかし,本記事内容の主旨は暴力団対策法(通称,暴対法)及び
公安委員会を誹謗・中傷する内容では決してありません。

本記事は今後2-3回に分けて掲載致す予定です。
vol.1である本記事は先日,自分の身に起きた実体験に触れ,
vol.2では日本の治安状況を各都道府県,諸外国とも比較し独自調査した上での見解,
vol.3では果たして日本武道は"護身術"となり得るか,
そして一般の方にとっての真の"護身術"=護衛術は果たして存在するのか,
”役立つ"方法が或るのかという独自の見解にて記事を"打つ"予定です。
また記事内で使用させて頂く引用( 武道家の動画や著作物)におきましては
当然,私の個人的な内容とは一切,関与していないものとなります。

さらに踏み込んだ【免責事項】としましては,
本記事のタイトル
"日本の"ヤクザ"-"指定暴力団”をあなたはどう思う?"
という"タイトル"の"意味"と私自身に実際に起きた先日の”実体験"="経験談"の
関与性および関係性は"一切ない"ものといたします。

つまり日本の"指定暴力団"と
私個人との"関連性"=トラブルは現在,
一切ない="皆無"であると明記いたします。

日本人でありながら,
つたない日本語の表現しか出来ぬ,そんな
私の様な未熟者の文章はときに貴殿が"読み飛ばされる"と極めて
"誤解"の起きる可能性の高い"内容”となります。

連載予定の記事内容は令和元年末月,
日本という国の治安・安全・犯罪において
日本国籍を持つ日本人である私個人が純粋な気持ちで,今までの
人生の経験を踏まえて"感じてきた事"を正直に記述し"厳しく"総括してゆきたいと考えています。

そしてこの記事は今後,
和訳(英語表記)する事を"一切",致しません。

何故ならば,
日本語に精通していない初学者の外国人の方は,
最初覚える日本語の単語は,
スシ,スキヤキ,サクラ,ニンジャ,サムライ,カタナ,
フジヤマ,ゲイシャ,ショウグン,そしてヤクザと
同じカテゴリーになってしまい,
和訳(私の未熟な英語力)では極めて難しいテーマの"内容"となるからです。

つまり外国の方に
間違った解釈=誤解を
決してして欲しくない"内容"となります。

"今"を生きる日本人である私達と,
将来のこの国の日本が,
日本人の誰もが必ず真剣に考えなくてはならない,
決して避けて通る事の出来ない
ひとつの"大きな課題"に向かっての
あくまで"一個人”としての提示内容となります。

誰もが漫然と日々無意識に過して感じている事・・
それはこの国が"日本"であるという"安心感"であったり,
"何かに不思議と守られている"・・または
"なんとなく"でも国の"安心感=安堵感"に関してのお話となります。
その"私達"の一般の日本人が持っている"そのとても曖昧な感覚"に深く厳しく"メス"を入れようと考えています。

この記事に偶然触れた日本人の多くの方の
"栄"ある深きご厚情を心より賜りたく存じます。
この記事の草稿は既に数十万という膨大な量の文字数となっております。
もはや収拾がつかなくなり,現在目下,整理中です。
先述した様に,今後,複数回に分けて記載いたす予定です。
今後とも新年も,何とぞ宜しくお願い申し上げます。

                      -令和元年吉日ー

先日,突然,私は
暴漢"2人"に襲われました。

また,
今回は結局は整形外科での精密検査に及ぶレベルの負傷=怪我となりました。
面倒な人間や事柄は元来とても苦手な性格なので,
いわゆる"第三者行為"という保険適応を避け,
"酒に酔って駅のホームの階段から滑って転んで怪我をしました"という医療・保険の適応として検査して頂きました。
会社や対外的にも全て"嘘"をついております。医療に関しては全て嘘は全てばれていましたが,まぁいいでしょうと,して頂きありがたい事でした。

【はじめに】
本記事Vol.1では"武術・武道用語"が多用される事,ご了承願います。
一般の方にも理解して頂けるように実際の"人形"を使ったシュミレーション(イメージ)画像を多数掲載いたします。
"デッサン用の人形"にてシュミレート(分析)してゆきます。
人形を採用するにあたっては,デッサン用の人形は四肢関節の動き,
角度はぎこちなく,本来の人体との明らかな差異は否めません。
が,当事者同士との間合い=距離感は記事の内容文よりも遙かにイメージ的に"掴みやすい"かと存じます。
"3つの人形"は本文の内容とはかなり違うフォーミング(姿勢・位置・手足の角度)となっている事をご了承下さい。
より具体的に"分析考査"する上では体型の異なる人形を用意するべきでした。が"手持ち"がございませんでした。
各人形は身長はいずれも20㎝,つまり"体型"の差が3体とも全て同じである点,四肢関節が実際と比べ無理がある点,
この2つの課題が"実際"=事実と著しく状況が異なるイメージになる事,ご了承お願いいたします。

今回のダメージは経験則から観て
自分にとっては割と高度な部類となりました。
X線は10数枚以上に達しました。
ドクターに述べていない不具合は多数です。つまり"キリ"がありません。
現時点では,"顎関節症"と呼ばれる,左耳がくしゃくしゃと話したり食事する度うるさくてしかたがありません!
顎(あご)の左側の関節部が少しずれているのではと思いますが,
相手の外力によって顎の左側に問題は起きていると判断していますが
こうしたトラブルはキリがないので"放置"しています。
腰部の異常も強いですが,相手の攻撃というよりも,
これは自分の防衛に依る反撃で起きた不具合とみなしており,
これをへたに被害届を公安に出したり第三者の保険適用にすれば,
場合に依っては”過剰防衛"扱いになり,面倒になる箇所です。
自分は昔から慣れているといってはおかしいですが,面倒が苦手なので全て一切黙殺しております。
怪我においては微妙なラインが多々あります。各,肋骨部の筋肉を含めた痛みは相手からの攻撃に依るものか,自分の反撃に依るものか不明瞭です。こんな事をいちいち"被害届"だの保険適用などやっていたら,
人生,時間が幾らあってもたらんとちゃう?と個人的な見識となりますw。
しかし私の様な人間ばかりではないので,
普通の方?は第三者に打たれた場合は基本的には当然,被害届を出すのは大事で,一般的かとは存じてはおります。

選んだ医者は,とても患者に理解あるドクターでした。
私の怪我の"嘘”はすぐに"ばれ"ました。
"うつぶせで駅の階段から滑って転んで・・はまぁいいでしょう・・とおっしゃって下さいました。
幾多の色々なアスリートの怪我の治療を行っているのかな,と感じました。
さすがに専門用語の"裏拳の怪我の場合は・・"と指摘されたときは,
ちょっと詳しいな・・というか"やばい”なと感じるドクターでした。悪い意味ではなく,見識が深いのです。
日本は外国人にはなかなか理解して貰う事の難しい"道理"ってものがこの国にあります。私が医療関係に"嘘"を云っても誰も困りません。医者も保険屋も"国"も多分,困りません。
"嘘も方便"というのは,あくまで場合に依ってですが課題を 円滑にし素早く終始させ,
課題解決出来る場合,かなりそれ日本ではあることといえます。
時として私にとって "嘘も方便"はイコール="効率化"となります。
何故,効率化は極めて大事なシーンがあります。
本記事で述べます先日身に起きた"Streetでの格闘においては,ほんの少しでも
効率化に自分に少しでも遅延が生じた場合,
その場で自身の"死"があってもおかしくはありませんでした。
それほど生死にタイトな場面に人生遭遇した事のない方は多いと思いますが,色々な届け出に関しても
日本は日本なりの昔からの"道理"ってものがあります。
個人的に起きた問題やらよその他人から受けた
"迷惑"を逐一と忙しい警察や行政や保険や総務課やらその他・・私は余程の事がなければ申告しないでしょう。
"古いアナログ人間なタイプ"なので基本的には誰にも迷惑は掛けたくはないという思いが信条として,あります。
最近の30代40前後の男で,すぐ訴える傾向あります?。自分とは違うタイプと思います。

場所は,
神奈川県下のとある私鉄駅の
歩いて10分以内の暗い道端でした。

私が在職している会社を既に退職している
"親友"と昼間から久しぶりに酒を飲みました。
もうひとり会社の若い同僚がいましたが,"彼"は酔いつぶれて夕方には帰りました。

2人でフルボトルのワインだけでも6本は飲んでいます。
かなり飲んでいましたが,時間を掛けてゆっくり飲んでいたので
私は"まともに歩けないほど"には酔ってはいなかったつもりです。

私は"ひとり"で帰宅途中,
私鉄駅に向かって急ぎ足で歩いていました。

夜11時は既に過ぎてました。
その友人宅を出る前に
腕時計を観た事を記憶しており,
夜11:12分頃でした。

その道は駅に向かって真っ直ぐですが,
街灯がまばらで少なく,
真っ暗になる場所があります。

マンションなどは
道路に面して幾つも立っています。

住居が"隣接"している道ですが,道路沿いの
手前が駐車場になっていたり住居(建物)が
奥に引っ込んでる様な感じの"住居"が多い道路です。

夜になると
平日・週末ともに
自動車も"まばら”になります。

一応車道は二車線になっていますが,
自動車のすれ違いはそれなりに厳しい(気を遣う)といえる
幅の狭い道路です。

私はこの道を何度も通っていますが,夜間は
帰宅途中のサラリーマンやOL等とすれ違っても,
相手の表情や顔そのものがまず,私の肉眼では見えません。

夜間の道路街灯は"オレンジ色"です。

相手の表情が見えないというのは,
自分の視力がそもそも悪いというのは
あるとは思っています。

突然,
何時の間にか目の前の数メートル先に
大きな人"影が2つ"現れました。

いつの間に降って湧いた様な
"大きな影"に私は気が付きました。

駅から対面で歩いてきた
人影では,どうも違うように咄嗟に感じました。

相手の表情は当然,
掴めませんでしたが,その姿から
私を凝視="観ている”ような感じを受けました。

近づいてゆくと,
一瞬,影が少し私の前に
"立ちふさがった”様に感じました。

街灯がもっときちんとしていて,
自分の視力で相手を判断出来たら,
私から"声掛け”をしたかも知れません。

私はいつも昔からそういう性格の人間です。
治安の悪い場所,たとえば諸外国では特に
"それ"が良いか悪いかは別問題になります。
それはまた後の記事で述べたいと思っています。

取り敢えず"ここ"は日本です。
咄嗟に何か"私に用がある"様な
"気"がしました。

そんな感じ方も,
自分はかなり酔っているし気のせいと思い,
その目の前で"立ちふさがっている
2つの影の※左側の歩道の内側を"通り過ぎよう"とした瞬間でした。

※"2つの影"の左側とは道路の左側の脇の歩道=歩道と
道路を区切る15~20㎝程のコンクリートの凸=出っ張り
つまり縁石(えんせき)・縁石ブロックを指し示します。
詳細を述べれば歩道と道路自体の高低差はありません。
車道と歩道は"同じ高さ"です。つまり凸部の"縁石"があるだけの道路となります)
写真を掲載した方が早いかも知れません。
生憎"手持ち"がないので,グーグルMapでの昼間の画像を掲載します。

すれ違いざま,
すれ違う前の僅か
1秒以内の間合い="程"と思いますが,"影"から
非常に強い"殺気"を受けました。

私の脳内"アドレナリン"が一気に放出しました。

自分の"錯誤"を期待しつつも
何かの間違いでも,まずはきちんとした"受け"="防御"を取るべきだと"構え"を始めようと感じた,その瞬間です。

"ビシッ"という鋭い音と同時に,
自分の"あご”に鋭い刃物の様なものが
"刺さった"="通り抜けた"のを感じました。

一瞬のうちに全身に
""非常事態""が起きた事を察しました。

その直後,咄嗟に
自分側からは相手の向かいにて左側に一旦"跳躍”し,
次に即座に相手の"懐”に縁石を乗り越えて
"運足"="すり足"で入り込んでいた筈です。

が道路の凸部が邪魔し,私の跳躍の動作はかなり出遅れ,相手にとって有利な状況だったといえます。

今はかなり細かく"分析"出来ていますが(数カ所不明点は残りますが),
両肘は"丹田"部より上,胸の下X線上にクロスした状態で咄嗟に
"中段内受け"をしようとする途中の"構え"をする前に
同じ相手(左の影)から"2発目"が入ってきました。
↓下図は大変恐縮ですが,間違いがあります。 相手 人形の"2発目の手”は右手となります。
左手からではなく【正】は相手の右手からです。

運よく相手の強い外力=の相手の肘の"内側"は
私のX線上の"受け"の下の肘に当たり,
相手からの下からのスィング打撃は,日本の伝統空手の典型的なクロス="十字受け"となり
それなりに相手の外力を防御出来た筈です。
↓この相手側の人形のフォーミングが【正】となります。

猛烈な衝撃を"下肘"に受けました。
2発目も完全防御しきれずそのまま,
相手のパンチは私の"あご"に入りました。
しかし,幸い昏倒する程の"外力"は防御によって軽減できた筈です。

相手の放ったフォームは
無駄のない洗煉された,
美しくて,柔軟性の高い,
ほぼ完壁なワン・ツーでした。

2発目はおそらく"アッパー"です。しなやかで・・
隙のない素晴らしい"西洋式ボクシング"と"直感"した。
人形には"拳”がないので"突き"となってしまっています。ご了承願います。

※本当は"ボクシング”ではないのかも知れません。
私は"ボクシング"だとその時は経験則から"身体”を通じて察しました。
(後述:武術は多彩で例えば"日本拳法"の打技でも似た攻撃法があり
必ずしも西洋式のボクシングとは断定出来ていません)

もはや私への"ストレート"は相手にとっては距離が近すぎてしまって
"打ちにくかった"のかも知れません。

"コンタクト"では自明の通り,互いの
"技術"が同格である場合は"きちんとした"試合では大概"身長が高く"そして"体重が重い"側が勝ちます。

以下,余談になりますが,
極めて単純な"比率計算式"を述べさせて頂きます。
"x”を知る場合です。

A:B=C:"x"

B×C=A×"x"
つまりBC=A"x"

"x"の値は=BC÷Aとなります。
身長,手足のリーチ,武道家である方は是非,
色々と"x"を当て嵌めてみて下さい。

例えば,
本記事で採用している"人形"の身長20㎝(200㎜)を当て嵌めてみます。
私が170㎝,相手が180㎝の場合。
170:200=180:x
=200×180÷170=36000÷170
=211.76となります。

つまり本記事での人形を用いてのシュミレートでは身長差は
相手の人形は私の人形にたいして1㎝以上の差がなくてはなりません。つまり私(20㎝の人形)
の場合では相手は21㎝以上の人形が適しています
→普通体型であれば手足の長さも同様の比率で長くなります。

つまり生身の場合,
身長10㎝の違いはアスリート界での勝負での勝敗(勝ち負け)は歴然です。

身長だけでも人種の違い,
諸外国の世界のひとの平均値だけを当ててみても,
"怖ろしい=そして面白い結果"が浮上してきます。
例えば,同じアジアでも"ムエタイ"という武術がありますが,
同じアジア人でも足の長さは当然,違います。

"Street Fighting"において人間の手足,この差はどうでしょうか。
結論としては数㎝のリーチの違いは"競技"以上に即ち生死の境,
"命"=死に匹敵する意味となります。

ストリート・ファイティングの場合も
ほんの少しでも身長が高くて,
もしくは同じ身長でも手足のリーチの長い方が,
そして体重の重い方が優勢となります。
しかしその事実は"技量"が同じである場合,だけです。
この一般常識は,私も持論としては同意見となります。
格闘(技)は他のアスリート種目(例えばサッカーの様に背丈のハンデを超越する競技)に比べ,
怖ろしい程に極めて"タイト"です。

しかし・・・"ストリート"では,
場合に依っては身長差は"高身長"
もしくは"重量"の或る者の方が案外,不利になるというケースが生じます。

つまり余りにも体格に差がありすぎると相手にとって極めて
"打ちにくく"なる事が起こり得る事が生じます

"つかみ技"においても"同様"の事が云えます。

体躯の大きい者が小柄な相手を"掴んだら"
捕まれた側は”最期"ですが,ストリートでは全て
"無差別級"である為,体格に差がありすぎる場合,
極めて"掴み"難いケースが時として生じることは
"少なくはない"と云えるのです。

相手の優位性(例えば手や足のリーチ=長さが相手より遙かに長く
体型・体格があまりに異なる場合)は打撃を与える側において
場合に依っては非常にやりにくくなるケースが生じるという事です。
10代の頃から手前味噌で恐縮ですが,私は世界中の師範も伝授していない
自らの造語でその総てを"リーチ・アクション"と呼んでいました。
ストリートにて,どうしたら,そのリーチを稼げるか,
戦術においてその相手とのリーチをどうしたら越えられるか,若い自分,
喧嘩が途方もない程多かったので,
自然と子供のころから,そういう事はかなり純粋に考えたり,試行錯誤していました。

先日の私の"場合”です。
一発目が入った瞬間,自分は
左に跳躍し(相手から観て右側),
直ぐに縁石を乗り越えて跳躍し
相手の懐の中(30㎝前後の中)に
完全に入り込んだのは先述した通りです。↓図の"距離"="間合い"となります。

ただ通り過ぎようとしたときの相手の殺気を
感じた瞬間に相手と自分の身長差は身丈10㎝以上,
"二つの影"はともに体重は自分と比べほぼ倍近いのではと
"査定"はしていました。

冷静になっている今,
分析上,明かに1発目は左フック,
重い2発目は相手からの右からのアッパーといえます。
↓フォーミングはかなり違いますが以下の画像が"正"です。

運良い事に私の"ままならない"十字受け"に依る防御"は相手の打力を
かなり削減出来た事は怪我の状態と照合した上で事実と云えそうです。

しかし自己判断に遅れを取り,
しっかりした伝統空手の"受け防御"の域に達していませんでした。
相手の攻撃の2度目も私の"顎(あご)"に命中したのです。

が,自分の"受け"がさらにほんの少しでも遅延があった場合,
あの2発目の右アッパーの"重さ"では
あご自体が"粉砕骨折"をした可能性があります。または自分は
アルコールがかなり入っていたので,
運が悪ければ脳そのものにダメージが及び,
"脳挫傷"を引き起こし,私はその夜に"死んだ"かも知れません。

"憂事"において予測不能な不意な相手からの攻撃を避けれればそれに越した事がありませんが,
時として今回の私の様に"間に合わない場合",
可能な限りの"しっかりした 防御"="受け"の大事さを痛感しています。

説明が長く,
時間軸がとてもおかしくなりますが,
その"影"と出逢ってから
"まだ"2.3秒以内"の出来事となります。

少なくとも"4秒"はまちがいなく
経過してはいません。

ご周知の方もおいでかと存じますが,
格闘(技)の流れを主観・客観問わず
"流れ"を言語化する事は極めて困難です。

言葉で説明(分析)すると
とても長くなってしまいます。

これは"車"の衝突事故や人身事故の分析と何処か似ているかも知れません。
または"傷害"やらで呼び出され"警察"の取り調べにちょっと似ていますね。
つまり警察署でのあの"供述書”作成に要する途方もない"拘束時間"です。

思わず"頷いて"下さっている方は,
調書の作成の面倒臭さ(幸い自分自身は"被害者届け"は今まで一度も経験ないですが,
それはそれで似た様な拘束時間があるかも知れませんね)
仮に"被疑者"=加害者扱いされた場合は,長時間に及ぶ半端ない程の拘束時間の浪費?
は貴殿の過去の経験を踏まえた"実体験"で充分ご存じな方も
いらっしゃるかも知れません。私も過去,過剰防衛云々・・により何度も経験しています。

今回のわたしの話しも,
そうした"訳あり"の事情として"貴殿"がすこし
気にいって下さればこの"遅い"流れの本文の説明をご承知頂き
後半もおつきあい下されば,光栄です。

左側の影の2発目が"あご"に入った瞬間
まず自分はこのままでは"殺られる"="非常事態"が起きたという
全神経="身体脳"が反応しました。

酒にかなり酔っているという
極めて不利なハンディな状況は当然自覚していたのも先述の通りです。

相手からの"先手"を受けた瞬間から
自分にとって極めて不利な状況下を
"痛感"していました。

相手の"懐"に入るや否や,
右の"相手"を含めて2つの影に対して,
その時の自身の"インパルス数は最大値",
1秒間内数十回の"打撃"をイメージし,
左側の影の上半身に1秒内におそらく”数発”は,
空手の"突き”を"打ち込んだ"筈です。

相手の脇腹に最低でも2発は”裏拳”に依る
"3本突き"で打った"つもり"でした。

※(自己分析では完全には把握出来ていない箇所ですが,
自分の負った傷を踏まえ整形外科医の意見も踏まえて判断しております)

自分の"怪我"から観れば,
一切"貫手"は使用せず,
相手の"脇腹"に"裏拳"を使用したといえます。

平面の競技場ではなく,ストリートでのこうした突如として起こり得る
生命の危険性を帯びた"非常事態”の不慮な"アクシデント"において,
身長差の或る相手での自身が得意とする他者への"貫手に依る垂直突き",ならびに
1本拳(私の場合は親指のフィンガリングを使用する様な行為)は一切しませんでした。

自分が若い頃(30代までの自分は明かに"過剰防衛”でした)駄目人間でした。

相手の首筋つまり,頸動脈を狙った空手に依る裏拳,
"必殺行為”含め全てを日頃から自戒し,今回も一切使用しなかったこと,
まだ極めて未熟な輩でありながらも低レベルなりに身を律し,
"空手に先手なし"の絶対的条件である”格言を蹈襲”したうえで,
極めて些細ではありますが,自分がこうして助かり,
自身がほんのすこしだけでも成長できていると,褒めている箇所ではあります。

手の外皮の怪我の程度はさして
"高度"ではありませんでした。

試し討ちどころか,
普段コンタクトしていないが故,当然
実像に反撃=コンタクトすれば当然ながら"負傷"します。

私の今回の"手"の甲は2週間もすれば"完治"する程度でした。

怪我の状態から観れば
確実に相手を打ったのは2.3発の"反撃"
しか出来ていなかったと判断しています。

裏拳に依る反撃中も間違いなく
相手からの強く鋭い"ブロウ"も必ず受けていた筈です。
その部分は実に曖昧です。
自己解析(分解)出来ない"場面"のひとつなっています。

上半身を観る限り"打ち身”跡は
感じられませんが,後から"後遺症"が出てくるかも知れません。

※後述:形成外科医からの指摘要素では
私の左側と右側の”裏拳"の外傷が著しく違うとの指摘。自分は渦中,
急所,つまり"首の頸動脈や金的,心臓部,垂直打法に依る1本拳,目突きを本能的に避けた
ことから相手の左右の"脇腹"を打ったが,左右,甲の怪我の仕方が違う事を医者から指摘された。
これはおそらく相手(左側の影の脇腹を打った際,服や,もしくは服の
装飾品,服に付帯していた金属部(例えば移動体端末通信機器)などに当り,
怪我の仕方が変ったのだろうと担当整形外科医の判断となった。

※後述:大分時間が経過,正確に言うと11月29日金曜,
在職している会社の仕事の最中から強い心臓部の痛みが生じる。
まるで"恋煩い”の如し。足が治ってきたので,
少し走っていたら走れなくなり"ひざまずく=跪く"程の胸の痛み。
日中,業務中で外を歩いていて何度も跪く。
数日前から,"左肩胛骨部"に酷い痛みを覚え寝ていても何度も目が覚める。
心臓の上部の肋骨にヒビが入っているのか?
それとも今回とは無縁の内蔵疾患に依る"狭心症"か何かだろうか?
なにかの心臓病かと思う程の物騒な痛みが生じる。
上半身の目視では外傷はないものの,
何処か肋骨にヒビが入っているかも知れない。心臓部を直撃(打たれた)された可能性がある。

まさか?!心臓震盪(しんぞうしんとうの場合)は
その場で一撃必殺な筈。24時間以内に"AED"=心肺蘇生のレベル。

!?空手の"裏打ち"に相当する技術=武術で
打ったのか?!相手は空手ではないにせよ,
何の武術を持ち得てもおかしくないような得体の知れない相手だった。他の怪我よりも遙かに物騒で
心臓部の痛みは,経過観察しています。

※"裏打ち"とは?・・本来は武道空手用語です。
外傷を伴わずに敵の外皮を全く傷付けずに
相手の内蔵に深刻な損傷を与える極めて高度な武術。
"試し討ち"においては,1枚目は無傷,2枚目が割ける。
各流派,師範クラスでもなかなか到達出来ない技とされる。しかしながら,日本伝統武道だけではなく,
世界を観れば,特に中国拳法においては諸外国にはあえてというより,
むしろ絶対に"他国"に伝道してはならない武術=秘術が多々あるとされ,
空手で云う即ち"活殺自在"の必殺としての"裏打ち"という技はあえて
日本の"空手"のみの技ではないものと個人的には見解しています。

話しを"当日"のStreet場面に戻させて下さい。
その時=瞬間(裏拳による相手脇腹を狙った反撃),
自分は何がなんでもどうにかして
"逃走"するチャンスを掴む必要がありました。

しかし,その前のアッパーカットで2発目を受けて確信した事は,
左側の影には少なくとも今の自分では
"絶対に勝てない相手"と悟っていた事です。
脳裏にあるのは一言の格言。全世界で共通する格言。
"fight or flight"でした。闘うか?逃げるか?です。
これは生きる=活きる"哺乳動物"全ての根源的な格言となります。
"逃げる"この潔さ,生きるか死ぬかの瀬戸際では,極めて大事です。
試合ではなく,ファイティングにおいては,勝てない相手に対して,
どう逃げ切るか,です。

今回の私の"体験"=経験は所謂,
武道世界の"礼儀""作法"とは一切"無縁"です。
相手の行為そのものはどう考えても"無礼極まりない”とはいえます。

おい!やらの恫喝や,相手の名前を確かめることなど,言葉=
"言語"そのものが最初から最後まで一切ありませんでした。
相手(私)を言葉掛けで確認する事一切"皆無"。
怒鳴り声,相手側のかけ声も皆無=0。
これは巷の街中の"喧嘩"とは違います。

怨恨="怒り"の"感情"がまるで0。
"超越"していたと,今も感じています。

酔っ払い同士のけんか相手で相手との関係をじっくり楽しみ?ながら
だらだら酔った勢いで喧嘩している類い”とはレベルは全く違いました。
しかし今回自分はかなり"酔っぱらっていましたが・・。

私が"影"を"プロ"="業務"的(凌ぎ)
と判断しているの第1点の部分は,
上述(一切が無言=0)の点が挙げられます。

敵=相手に声掛けする事も
誰かに"助け"を呼ぶ事も出来ない程"逼迫"していたケパターンとなります。

"プロ"と相手を身体で感じる,
他の理由あります。

相手の放つフォームが"敵"ながらとても
素晴らしくて"美しかった”からといえます。

そうして,私の"昂じ"た"インパルス頻度"は実際は
"左側の影"の相手には数発(実際2.3発)しか入ってはいない。
さきに前述しました通りです。

しかし・・
ほぼ同時に放った自分の
左足の"膝蹴り"は結果として偶然にも
おそらく空手の"中段蹴り”として
意識としてもほぼ"完璧"に確実に入ったのです。

およそその差分は1秒間程と思われますが,
"裏券"を打ったのち咄嗟に
前足からの左足による"中段蹴り”を入れました。

相手のみぞおちを脇腹を狙ったつもりが,
"嫌な音"がしました。

”骨同士”がぶつかった音。

自分に酷い痛みが生じました。

自分の"ひざの皿の骨"が割れた,
と咄嗟に感じました。

"皿"=膝蓋骨(しつがいこつ)以外の
自分の膝の箇所の骨が何処(半月?)か折れた
とも感じました。以下足の"膝部”の図解となります。
人間の膝というのは極めて複雑な組織で形成されています。

ただ自分は生きて還りたい。
"無心"の必死の防御でした。

少なくとも今夜はまだ,
"死ぬ訳"にはいかないという思いがありました。

一瞬でもチャンスを掴んでこの"事態”を突破する。
これはたぶん日本人の一般庶民の必死の私個人的には精一杯の"防衛"でした。

冷静になったいま,
分析出来る事は,相手の肋骨の直下,つまり,みぞおちの上の骨,
"剣状突起部位"と自分の"ひざの皿"が当たったのではと推測しています。

もしくは,
この予想は考えたくないですが,
相手の”浮遊肋骨"部=肋骨の最下部
と自分の膝が当たった可能性も否定は出来ない。

そうなると相手側が"骨折"した可能性が高い。

"浮遊肋骨"という左右2対の肋骨の場所は
胸骨に接しずに浮いているため,
強い外力が及ぶと"折れやすい"のです。

相手との間合い=距離が殆どなかったので,
咄嗟に放ったのは,ほぼ垂直の中段蹴りだった。

左側の影が
沈みました。

2人の影と出逢ってから,
まだ"6秒"はおそらく掛ってはいない筈です。

向かって右側の影はこの数秒間,
一体何をしていたのか
全く分りません。

おそらく私は"2つの影"にとってはさぞや
"小男"でやりにくかったのでしょう。

当初から左側の影の"懐"に
相手(つまり私)が完全に"対Ⅰ"で向かって”左側の影の懐"に
入ってしまっていたためと,
相手側にとっては"私"が右側にずれた事で,
私から向かって右側の影にとっては相手から観ると逆,
つまりかなり右側に寄った事に依り,
手出し=サポートが出来ずにいた。

いや,最初からそもそも二人で相手をする"必要性"もなかった
とも推察されます。

自分から向かって左側の影への
"中段蹴り"が入り,
左側の影が沈む前に自分の左足が戻る瞬間に,
今度は右側の影から
自分にとって右斜めから私の顔面に向かって
鋭い"刃物"のようなものが振り下ろされている
"光を”を感じました。

今ただ冷静に分析すれば,
向かって右側の影は"左手"の
"前手"から入ってきていたと間違いないと思えます。

"慣れていない者"はまず私の経験則では
"前手”からは入れません。
たまたまそうなっても"ぎこちない"。
相当に"けんか慣れ"している者や武道家は前手・前足からも同じ様に入ってきます。
これは私のあくまでの"経験則”となります。

"素人"ではなかなか入れない急な角度からでした。
"本物"の速度でした。

これもまた受けたらどこか死られるか"死ぬ"と直感し,
瞬時に右腕の"松濤"流というより空手の典型的な
"上段揚げ受け"で受けたつもりです。酔っていましたが,
さすがに生死の境なので,足腰は"重心"が下がっていたと判断しています。

今度は"右側"とも相手にしなければならない。
かなり酒に酔っている不利な条件下,
判断力・反射神経・体力・精神力的に,
もはや,もう自分の"限界"値を察していました。

しかし,何故か,
その必死の"受け"がほぼ完全に完結したのです。

"右の影”の放つ"前手"からの手の動きの勢い
と完璧に己の"肘受け"が完全に"噛み"あいました。

"上段揚げ"で受けた瞬間の猛烈な痺れ。
肘から肩,全身へその痺れと痛みが
一気に脳天へ登ってゆきました。

おそらく経験上,10年は受けたことのないような,
非常に強い,とても深くて強い重い"受け"となりました。

後日の自身の冷静?になった後の分析箇所で不明瞭となっている
3つ目の課題"点"となります。

"上段揚げ受け"で受けた瞬間,
痺れた手で即座に右手の
"揚げ"を下げ"相手の手を取り"中段払い"を行った"つもり"です。

しかし"あの行為"は空手の"払い"とは,
全く"別物"であり"滅茶苦茶”であったと判断=認識しています。

"型"の応用と分解において,
中段払いから下段払いの流れの熟達は,
今もまだまだ未熟な私にとっては
伝統空手から伝授出来ておりません。

そんな・・まさか!
そんな筈はない!と感じている"箇所"となります。

自分がずっとさんざ誰もいない
公園にて(いつもの"白髭の爺さん”や犬の散歩で来る美人な?2.3人の"若い主婦"
がいつもかなり遠くの離れたベンチに座って
私を見守って?w傍観してくれてる"いつもの公園"というのがあります。
防具で武具を使用すると遠くで笑われて,軽く拍手のフリ?をしてくれる時がありますw私がなんとなく,
"何をやっているのか"というのはこの国は"日本"であるからある程度大目に見て,
察して下さっているのだとおもっています。→一応,日中の昼間"午前中"にしています。
あそこ=公園でずっとここ数年,自分なりに初心で必死で演武稽古してきた沖縄武術唐手の
"ナイファンチン"の"取り手"の"応用分解"が,自分にとっての
生死の境の瞬間で,リアルでも活かせたというのか?!!

それは・・
あり得ない。

・・と思っています。
到底,
・・そんなふうに思っていません。

では,あのときの,
"酔っ払っていた際の自分"の呼吸法はどうであったか?

少なくとも途中までは相手に"無心"でした。
自分には"戦う"意識も意志もなかった。

"空手の先手なし"と"木魂"していました。

では,自身の"運足"はどうだった?!

自分はやはりかなり酔っていました。
しかし呼吸だけでも,
"ナイファンチン"で"もしや”!?
自然体"で一瞬でも相手と対峙出来た瞬間が果たしてあったというのか?!
8出し,2受けつまり,80%を吐ききり,瞬時に20%吸う。流れの中で呼吸に乱れが起きれば隙があり,殺られます。
武道の競技でなく殺される可能性の或る"実践"となります。
相手は素手。それなりのスキルがあり,武術に長けている。
あの一瞬の流れの中でそれが出来ていたか?!
直後の下段蹴りにおいては私の呼吸は流れに沿って完全に停止していた。
最後の下段蹴りにおいては,一切息を吸っていなかった。
↓これはこれ以上でもこの以下でもない,"究極”の図解となると思われます。
私が最も尊敬している方のひとり"心道流"空手師範,宇城先生が到達なされた
"ナイファンチン"での運足と呼吸法となります。

厳しい自己分析の最中に
体中が痛い中,訳もわからず,
お恥ずかしながら,突然,
"涙がこぼれ落ちた箇所となります。

兎に角,あちらこちら負傷していても,
自分は一応まだ"五体満足"で生き存えているというこの事実。

この涙の理由は多分,
こんな人間でもまだ"生かされている"という事実です。

今の私を支えてくれた過去,仮に一瞬でも
支えてくれたつまり"あなた”がいてくれて,
そのゆるぎないあなたへの感謝の不動の思いや
心底から慕っている思い。其れは強い危機に瀕したとき,
絶対的な力を発揮します。

あなた!というあなたの"全存在"にたいしての
感謝と尊敬心は自分の身に起きた"生命の危機"を乗り越えられる時がある。
大袈裟でしょうか?!

これはでも,生死の狭間を感じた方でないと,
ご理解頂けないかも知れませんけれど,どこか
ご理解頂けるが読んで頂けていたら,光栄です。

経験則としては,実感してきて
いつも思う事,自分はあいかわらず"悪運"には相変わらず強い,ただそれだけ?と
思ったりしています。でも,それだけでは”記事"になりません!w

しかしあの時の私にとっての
"ナイファンチン" に関しては,
所詮""幻"だったと強く律しております。

先に述べたように,
"上段揚げ受け"で相手の腕を流れに沿って下に払い,
余った左手で相手の手先を一瞬掴んだつもりでした。

手に取った際,相手に"刃物"はありませでした。

金属や何かが飛んで落ちた音も聞えませんでした。

明かに,ほぼ
完璧と感じる"手刀"技でした。

瞬時に相手の手を右手で持ち替え,
そのまま自分は一気に
右の影=敵相手の"指先"を逆手に一気にへし折りました。

後日となり,自身を分析するうえで,
自身が最も恥じる"箇所"となります。

2つの影と出逢ってから初めて,
"強い憤りと怒り”がこの瞬間に一瞬,生じました。

なんでこんな目に遭わなくてはいけないんだという
"激しい強い憤りと怒り"です。

相手に対する"怒り"という"邪念"がその時強く生じていました。

自身の"未熟"さが最も露呈した瞬間=場面です。
恥をしのんで,記載しています。

右手首に渾身の無理な力を入れ,"嫌な音"がしました。
自分の右手首に猛烈な激しい痛みが走りました。

相手の指先を"へし折ったつもり"は
あくまで"つもり"でした。

自分の右手首がまた折れたか,
ヒビが入った,
と咄嗟に感じました。

大昔に右手首を骨折し,
治療を途中で放棄しており,
元々,自分には右手首にはハンディ=弱点があります。
冬場,物凄く痛む時があるのです。

自身の"支枝基底面"が中心軸を逸れ,このまま右側の影とともに
倒れ込み"寝技"にシフトする可能性を強く感じた,ほんとうに自分にとってその日の最後の瞬間です。

このままでは0.数秒後に
左の”影"も息を吹き返し"寝技"になれば
もう完全に自分は"殺られる"と感じていました。

感じ方はひとそれぞれかと
思いますが生命の"危険"の察知というのは0.2秒前後で判断し,
一般の方でもおよそ
1秒範囲以内もしくはその前後で,
このままではまずい!と"感じる"かと思います。

今相手している右側の影からの自分に向かっての即撃は,
極真空手の"手刀打下ろし"ではと直感を受けました。

でも似てはいるが,どこか極真と違うと直感で感じました。
相手の手刀は極真となんとなく違う,と咄嗟に感じました。

【他流派の見解で真に恐縮ですが極真"空手"とは?・・】
"極真”空手は他の空手四流派の"剛柔流"派も然るに,
"破壊力"を単に望む者が決して修学・修行してはならないと私個人の経験則と見解になります。
"志"の意味の分らない者が修行すべきではない門派かと存じています。

一般の方へ・・。
直球なお話で申し訳ありません。ご周知かも
知れませんが"極真空手"は大山倍達(総裁)という方が創始者です。

極真(空手)は瞬発力がとても高く"武の精神"を持たぬ人間,
または識者=人格者でない場合,その高い技術は,短期間で得た者で門を去った者,
つまり門派としては破門に値する者等が,
その"武術"だけを得たまま,道場を離れて"我流"でその技を"アレンジ"し
"相手を完全破壊する目的"だけで"実践で行使"する事は非常に極めて危険です。

他の日本武道と比べても破壊力が高い。攻撃面において極めて"即効性"が高いといえるでしょう。
その人的な破壊力,例えば私が懸念した手刀に関して,
極真の"手刀業"は,個人的な見識から観ても
"砥石で研いだばかりの包丁"="刃物"と全く同等に匹敵します。
手刀業だけでも相手が顔面にもろに浴びた場合,包丁で
顔面を真っ二つに斬られてしまうのとほぼ大差ありません。
過去,何度も"ジカ"に路上=ストリートでその状況を私は"その場”で目撃=経験した事があります。

他の攻撃力も然り。
競技場ではなく,過去,私は
道端でのストリートで所謂,"かつて極真を学んだ者"と何度も"触れた"=さわった
経験があります。つまりあくまで"受け"="防御"した経験があります。
門派を離れた者のアレンジした"極真"の扱いようは,
遺憾ながらまことにはなはだ危険だなと個人的には経験として今でも感じている次第です。

また仮に半年間のあいだ,
たとえば10代の男子が真剣に"極真"流派の門に入り,
道場では真剣に学ぶ者があったとした場合,その者が
道場を止めた後,その者が仮に"無防備な相手"に対して
一撃の蹴りを打つ事は"相手の肋骨を何本も折ってしまう程"に瞬発性と破壊力を保有し続けます。

指導的立場の方々のご苦労,さぞや当然の事ながら
承知しているつもりです。

【そもそも"手刀"って"何?”なんなの"?という問いに関して】
発音は"シュトウ"といいます。"てがなな"と発音しても問題ありません。
日本語の"広辞苑"や"大辞林"ではおおむね同じ様な事を述べています。
つまり日本の伝統空手で、親指を曲げて他の4指を伸ばして密着させた形をいうそうです。
手のひらの外側を刀のように用い、相手の急所を攻撃したり、
あるいは防御したりするのに用いる,とされています。または,空手で、親指を軽くまげ、他の四本の指をそろえて伸ばし、刀のように使って、眉間・脇腹など相手の急所を打つ技,とされています。私の見識ではそれらの説明も
おおむね正しいですが"手刀"業は"空手"に限った事ではありません。あらゆる武術に存在します。"テコンドー"や中国武術でも多用されており,日本伝統空手の場合は"突き"の一種として多用されます。

でも実際,"手刀"業は,百聞は一見にしかずです。観た方が早いと思います。
日本の武道界においても大変,極めて貴重なリソース影像が存在します。
興味ある方は以下↓を是非ご覧になって下さい!これが"手刀"の空手でいう"試し割り"の凄味の或る演武となります。
"拳道会"綜師=創師,故,中村日出夫氏に依る,古いアナログ映像と思われますが,"唐木"に依る試し割りの演武の模様です。近年,こうしたWEB上でのネット世界においては中村師範に対して,この影像や先生の演武を"インチキ"呼ばりする方がおられますが,おそろく"武道”をよくご存じない方が殆どではと推測しています。
中村先生ならびに"拳道会"は日本の空手界においても"極真"の流派と双璧をなしており,とんでもないお方です。
"拳道会"の修行は極めて厳しく,お弟子さんにも凄い方が大勢おられます。日本のしかも伝統武道において,
"検索"だけで引っ掛かる(所謂,ググルだけの)身勝手な憶測だけで変な情報を流布するのは同じ日本人としてどうか謹んで頂きたい。物凄い人物は,武道家だけでなく,音楽家,文化人,誰もみな人種・国家を"超越"しています。狭い貴殿の誤認識で”真実"をどうか歪めないで欲しい。ゲームやマンガなどの格闘マニアの方がこの影像を観て,武道に長けていない方にとっては先入観だけで"インチキ"と思われるかも知れませんが,初めて観た方は,どう思われるでしょうか?!"試し割り"と称しても非常に緊張感があります。中村先生の手刀業は受ける者が,
きちんと受ける事が出来ないと貫通し,本当に"一撃必殺"の行為になりかねません。
多くの"受け”を行っている方々の立ち振る舞い,中村先生の場合は試し割り,というより,試し斬り,に近いかと存じますが,良くご覧になって頂きたい。造詣の深い方々は多方分析なさっておいでかと存じますが,私にとっては,対象物に入る瞬間の"重さ",師の"抜きの速さ",これに尽きます。私にとっては"もの”が割れる・割れていないの問題ではありません。間合いにおいては,本動画の"2.12秒付近"からの
先生の呼吸(対象物に向かっての3ルークの吐気と独特の吸気の鋭利さ)を感じる事が出来,
私個人的には"総毛立ち"ました。本当に"実践"においては出逢った事のないレベルのお方です。
古いアナログ影像を通してですら,先生の"影像"は数分間ですが,
凄まじい修練の高さと"徳の深さ"を垣間見させて頂いた影像です。
私が万が一,先生の様な方と"敵"となった場合,まず”受け"をとる事は不能ですし,まずそれ以前の問題となります。
自分の命がまだ欲しければ,先生の呼気・吸気を察した瞬間に私は命がけでその場から疾走し逃げ出すでしょうね。

さらに余談となって恐縮ですが,
↑中村師範の"試し割り"演武に関しては,日本の剣道・剣術においての"居合い"に近いと個人的には見解しています。
またさらに武道にお詳しい方には,これは中国拳法の"寸剄”にも似ていると判断します。つまり"発勁"と呼ばれる、
中国武術の力の応用分析・発生方法の一部です。
↓中国武術"寸剄”に関しては世界中の"人類"にとって著名な20世紀の"人物"の真実の動画を見れば一目瞭然!です。

話し,自前の"経験"に戻させて頂きます。
先述の通り,今回の私に身に起きた件においては
運よく"上段受け"のあと"両腕"で払い,
相手の手刀を右手に差し替えて,
相手指を折り?というより自分の手首が変になり,
もつれ込みそうになった瞬間,
"結果"的には"後足"の左足から右の影に
"下段蹴り"を入れた。

"中段ひざ蹴り"で既にダメージを
受けていた筈でしたが,
下がっている”後足"が
左足で本能的に無意識にまた違う相手を打ち抜いたのです。
つまり壊れたと感じた?左足は”まだ"動いていたという事になります。

私にとっては
"下段"蹴りの見当は結局,
"中段"蹴りとなった様子です。ただ,"半月"や回した"記憶"はありません。

"下段蹴り"の最中は,相手への怒りや殺意,邪念,一切全て無心の
極めて"タイト"な生命の危険度の高い状況下でした。

下段蹴りへの"インパルス"は無論,
"相手そのもの"対してではありませんでした。
"相手"は理解不能で不条理で誤解だらけでしかなく,本質は
この突如の恐怖や目の前の"自分の死"という観念でした。

"何か"根本的に間違ってはいました。
ただそんな弁明の暇はゼロ。

左足の下段蹴りは相手の右腹部,分析すれば
相手"肝臓"付近を"打ち抜き"=貫通していました。
それでも咄嗟に相手への配慮="局所"は避けていた筈です。

右側の影が沈みました。

右の影の技術力も高く
見事な"手刀業"でした。

その間合い(右側の攻撃)は
既に左の影の左フックから7秒程は経過していたと思われます。
全てを含めて10秒以上のトラブル=出来事ではありません。
おそらく8.9秒間の出来事ではなかったかと思えます。

相手も私を含めた3人は鋭い呼吸のみで,
最後まで一切,無言だったのです。

何度もお話したかも知れませんが,
相手側の言葉や"気合い"や
"かけ声"すら一切ありませんでした。

右側の影が沈んだ直後に,まさに
命掛けで必死の思いで駅方面の明かり="灯"に向かって
全力で走って逃げた"つもり"です。

立ち去る前に沈んでいる相手の顔を初めて一瞬だけ見ました。
全く記憶にない"見知らぬひと"でした。
!・・・。
私にとって,その2人の影は"兄弟"!の様に見えました。

少なくとも"日本人では絶対ない"と"咄嗟"に判断しました。

同じアジア人同士として自分はそのくらいは判ります。
あくまで直感ですが"韓国系"のひとではと一瞬,判断しました。

必死で走って駅まで逃げている最中,
左足の膝はやはり折れたか,かなり
骨にヒビが入っていると察しました。

左足がもつれ何度か歩いていて横転しましたが,怪我はしませんでした。
※"両手のひら"は整形外科医に指摘され,
転んだ際,良くある擦り傷が少し見受けられるが,
駅の階段から酔って滑って転げ落ちて怪我した,
という外傷レベルではなく私の"嘘"は全部に見破られていました。

すぐに立ち上がり駅へえきへ,兎に角
明るい方角へ向かって必死になって走り?続けました。

その時,何度か不安になって後ろを振り返りました。

また,あの影が襲ってくるのではと考えました。

今度こそ"殺られる"。

振り返った時,遠くで
2つの影が"起き上がって"ははいなくても,
道の端=縁石に腰掛けている事が把握できました。
↓実際はもっと遠くで,自分から見えた相手の向きは"垂直"に腰掛けていました。

自分の視野で受けた感覚に,
"殺気"は感じられませんでした。

"心底”・・ほっとした。

私鉄駅の駅改札は既に目の前。

自分は歩行者=”目撃者"の多い場所に
既に入り込んでいました。

私鉄駅の改札に入り,
階段の"手すり"を使って,
なんとか駅のホームまで,
"永い階段"を"片足”だけで必死で登りきりました。
その時,自分はかなり酔っているな,と自覚しました。

左足がほとんど機能しない。
腕の力だけで,登り切りました。

左膝がやはり何処か折れているなと感じました。

直ぐに電車が来たので,咄嗟に
右足で撥ねながら,乗り込みました。

私が電車に入った瞬間,
数人の人間が私を観て
"逃げ出している"事に気がつきました。

不信に思って,
左手で顎を触ってみたら,
かなりの血液が手のひらに付着しました。

自分のあごから血が"滴って"いました。

電車の床に血が垂れた瞬間,
これはまずいな,と思った。
このままでは車内からまず"通報"されると思いました。

"各停"のローカル線であったので,幸い,
すぐに次の駅で下車しました。
トイレを探し向かい"止血”しました。
まずわたしがトイレに入った瞬間,
2人位,驚いた表情で立ち去りました。
"まずい"。経験則では"通報"され捕まると色々と弁明しなければならなくなり,とても面倒な事になる。

たまたまその夜は自分にとっては珍しく
カバンも何も携帯していませんでした。

急いでトイレの洗面場で血をぬぐっていたら,
入ってきたサラリーマンが微妙に感じ?で皆,
足早に去ってゆきました。

トイレットペーパーで止血している最中,
"手ぬぐい"が1枚"だけ"右のケツのぽけっと"にある事に気がつきました。
腕時計は・・時間,観ていませんでした。また
入って来た何人かの男が足早にトイレから去り,本当に
早くしないと"通報"され面倒臭い事になるのは"目前"でした。

幸い"手ぬぐい"=ハンドタオルが
1枚だけあったので"あご"を押え続けていれば
血が垂れない程になっていました。これが便所のトイレットペーパーだと血が乗客に見えて,
またややこしい事になったかも知れない。

なるだけ,
トイレ=現場からは除外される様に
ホーム乗車の車両の端まで片足を引きずって歩きました。

乗った"今度の乗客"達は”大丈夫"でした。

兎に角,今夜,さっきまで,
"危ないところ"だった。
凄い,座れた。
一気に体中に
猛烈な傷みが走りました。

あごを"手ぬぐい"=ハンドタオルで押えながら,
先ほどの10秒以内で起きた"出来事"を【猛烈に反芻=反省】し出しました。
"反省時間”は車内乗車中,充分にありました。

まず一体,あの(トラブル)はそもそも何だったのか!?

そう思った瞬間,
脳裏に去来した事。

紛れもなく自分の内面の其処から,
"確信"となってゆきました。

酒の酔いなどあれからずっととっくに飛んでいました。
兎に角,体中の猛烈に痛み。
脳内でアドレナリンが放出し続けている様子でした。
おそらくかなり交感神経が優位な状況とはいえ,物凄い体の激痛を感じ
今回はかなりダメージを受けていると,感じました。
咄嗟の反撃を含めての全ての身体の損傷においてでした。
これは何処かかなり"やられてる"と感じました。

先の10秒間弱を振り返り,
あれは,まず物取り(荒手の強盗やひったくり)ではないと
自分の経験則では直ぐに直感しました。絶対に違う。強盗,金銭目的ではない。

これも自分の人生での経験則で恐縮する次第ですが,
おそらくあの影2つは 間違いなく 相手=私にとっては伺い知る事もない
"誰か"を待っていた,と断言出来る。またあのロケ地は,その地域の詳細を詳しくなくとも
外部からでも容易に"理解"出来る裏道といえる。駅から真っ直ぐの道路(裏通り)だからです。

2つの影は”規定時間内"で"特定の人物"を狙っていた。
("襲撃"=それはケリをつける?余り使いたくはない日本語ですが,
何か・・凌ぎ?か"ケリ"?をつける相手がその道を通るのを待っていたと考えられる
※相手の所在地住居も電話番号も個人情報は全て把握していたのではないだろうか)

"彼等"がインプットした情報にもとづいた庶務=実務だったのでは?と感じる。
曜日,日付,時間帯,背格好・・雰囲気,詳細,当然,"外野"な自分の意見は曖昧だが
下請け業者?か?"請け負って"いる様な感じ,"あの感じ"はあり得るという感覚は直感で受けた。

自分と彼等二人(2つの影)の関与性=関係性は自分にとっては"ゼロ"。
ここ10年記憶を辿っても,自分がそこまでターゲットになる様な派手な"商談上での取引き"やら,
"商売でのいざこざ"やら,"男女の関係"をも含めて,怨恨だの憎まれた事をした覚えは,一応ない。身に覚えがない。

つまりあの"2つの影"は
"決定的なミス"を犯した。

"影が"待っていた人物は,
私と背格好・歩き方・仕草・歩幅・雰囲気がさぞや似た者=人物だったのかも知れない。

2つの影はおそらく"外注"先だ。インプットしてきた
"共有情報"の中でその時間帯に現れた人物=つまり私
と綜合的に暫く観たうえで従来のプロの"勘"で狙っていた相手と"直感”で"私"は完全に符合="合致"してしまった。

10秒以内の"格闘の流れ"が車内で,
つぶさに細かく蘇り出してゆく。
本来は"統合的"に判断すべきと思ったが,
逐一,細かい場面が脳裏をよぎる。

左の影の一発目の"左フック"は,
狙っていた相手に対して,
しょせん"挨拶"程度にすぎなかった。

それは間違いないと"自分自身"が"身替わり"に受けているのだから直感で身を以て感じる。

それにも,深い事は分らないが,
おそらく”意味”があっての事だろう。

暗がりとはいえあの見事なフォーミングでの
ミスタッチなど,おそらくあり得ない。
自分は多分に酔っていた分際とはいえ,右から顎に受けた
1発目は物凄いスピードだった。
実際観てはいなくても相手からの0コンマでの"気"の流れ,
あの立ち位置(正面から攻撃せず"自分"を横に一旦流している)
関節角度 の鋭い切れの良さ,相手の放った"音"=つまり速度から容易に想像がつくし
酔っていて不利な状況下の自分が"勝てる"相手ではない事,1発目で私は既に察知=悟っていた。

顔さえろくに見えない暗がりで,
それなりに足早に歩いている相手に対して,
数㎝の鋭い精度のコントールが出来る
ボクシンシング技術は私の未熟な経験上でも,全くもって素人ではありませんでした。

"たまたま”ではない。
"わざと”はずして打っている。

"その理由”は知る由もない。おそらく
道理=意味があってのことでしょう。

一発目の左フックだけでも,
あの高い技術レベルでは相手を
"KO"="脳振盪"を起させる事などいとも簡単であった筈。何故それをしなかった!?

その直後,すぐに左のその影に跳躍し2発目を"クロス"字で受けた。
自分はそのあと即座に反撃に転じた。そのとき既に"違う感じ"=気を受けた。
あの時点(1発目のフック)ではまだ"相手"は私の事=狙っていた相手と私とを
"錯誤"をしていたのだ!

然るに感じるのは,
"2つの影"が狙っていた"相手"にたいして,
単純に"殺す"ミッション=任務は"そもそも"なかったと断言できる。
その理由は何故か。相手のスキルが相当に高いと判断しているからです。

それはぶつかった身体と感覚と傷の痛みで
自分が絶対"に確信”として受けとめている。

つまり彼等の"ミッション"=任務は相手を
"殺さず"にしていかに相手に"重傷を与える事”・・それだ!
そして一番大事なのは相手にきちんと"気づかせる"事も暗黙と業務内容に含まれていたのではないか。
単なる一般人の妄想だろうか。
いや身体の痛みと経験値がその事実はもしかすると"但しい"と感じさせる。

極めて微妙なライン上の"デマンド"要求になれば
スキルの高い者でしか,遂行出来ない事もあるのでしょう。
それは表も裏も同様だ。

"裏社会"と個人的には呼びたくないけれど世間一般的には
反社会勢力だの,裏社会と呼ぶ輩がいる。
しかしそのタイトさは業務的には裏表同じだ。
スキルが高い者しか遂行出来ない業務は,裏も表もない。

"その世界"でも表社会と同様"外注"が存在すると"聞いた事"がある。

"殺し"は
"派手"でまずい。
日本の警察がすぐに動く。
"武器"や"刃物"を使えば傷害致死として
間違いなく日本の優秀な警察が稼働する。
だから"武器"は一切使用してはならない。

相手をぎりぎりまで
"殺してはならない"。

殺さずして,
相手を叩きのめし,
相手に"気付き"を起させる"ミッション"だったのか?
そのデマンドはかなりの高水準の要求であると思う。

"実践”においてそんな事が出来る人材は,
"武術に精通した者"しか成就できまい。つまり素手だった。それが総て物語っている。

"武術に極めて高いスキルがある者"しか
過酷なミッションを完璧に達成する事は困難だろう。
ただの気勢や"勢い"だけでは裏社会の"凌ぎ"と呼ばれる世界も厳しく多々"事情"があるのだろうか?!。

しょせん,いろいろ思うことも一般国民の妄想に過ぎず,
事実は具体的には分らない。ただ,身体で感じている事は,
相手は完全に"プロ"だろうという確信をもった。

自分から観て左サイドの影に対し反撃に入った瞬間,
相手懐に入ったのは説明済みですが,自分を
"グラップリング"(掴み技)からアスファルトへ
叩きつけてからの"処理"もしなかった。
自分はそれも酔った頭の中で"考慮"は一応していた。

また,ボクシングの"クリンチ"からの"膝蹴り"も容易と思えるシーンが
あった筈だがそれもスルーし怠っている。何故だ。やはり”わざと"だ。

相手を殺す"予定"ならば,つまり
いかようにでもなった相手(私)。

私から向かい,
右の影も同様だった。複数の武術を
得ていておかしくない"気"を受けた。

あの体格と後に顔を観た瞬間おそらく日本人ではないと
察したが,あのパワーとスピードは,他の格闘技(柔術)を幾つも会得していてもおかしくはない。
電車内であごを抑えながら,突然
"テコンドー”という格闘技が脳裏に浮かんだ。

"テコンドー"?!
しかしあの影2つの武術は一切,
テコンドー武術の片鱗もなかった。
あるとしたら,あえて,向かって右側から放ってきた"手刀"だった。

彼等にとって"赤子"同然であった私は何故
"彼等"から"突破"し逃げ切れ,今電車に乗っていられるのか。

車内で止血しながら!!
決定的に"確信"をした!

2発目の相手のアッパーを受けたその時,
自分はクロス十字受けで防御し,そのまま相手に激しく反撃した。
その瞬間,彼等(2つの影)は"全て"を悟っていた。

相手(当事者である私)は全くもって,
完全に赤の他人である,という"事実"だった。

彼等がインプットしていた情報と私のキャラクターがその瞬間,決定的に異なった。
もしくは相手が私の人相を直に見て,完全に間違っていると判断したのかもしれない。

つまり"プロ"だからこそ
その無意味な"ひとまちがい"で
決定的な"負い目"が生じた。

※裁判員制度で知った事。マスコミには流布していないケース。
傷害致死罪で相手を間違え殺してしまうケースは神奈川県下でも相当な件数がある事実。一般市民が
何も悪くなくても突然"撲殺”されたり,"刺殺”されてしまうという現実が日本ではある事を明記します。

私の必死の左の影への防御の果ての中段蹴りや,
右側の影への下段蹴りは相手にいささかも防御される事もなく,ほぼ完璧に
打ち抜き=相手を貫通した。
その事実は"真実"となって"今の自分の痛む体中"を鋭く貫通した。
格闘の流れは止まらないものの,プロとして決定的な"ミス"を犯し,
私からの打撃を途中から全て"許容"したのだ!

電車内で
酷い体中の痛みの中で,
ハンカチを押えながら,
詳細きわまりない要点や答えが溢れるように突出しだした。

さらに自分自身にたいして,
ほんとうに"驚く"ことが生じた!

こんなにも怪我をして,
一般庶民が自分のせいでもなく,
こんな酷い痛い目に遭っていても,
ずっと思っていた事・・それは
自分自身の事よりもまず"相手の怪我"を心の底からずっと心配していたのです。

自分の痛み。たいした事ではない。むしろ相手の傷の"悼み"を心から心配している。
どうか無事であるようにと逃げながらも片隅でずっと思っていた。
・・・信じられない。

"自分自身"の心の有り様,今回の
実践?で,本当に驚きました!
こんな思い,今まで人生で一度も,あり得なかった!

そんな風に相手を思う事など
若い頃は一度もなかった。
こんなに怪我や損傷を受けて酷い痛みを受けているというのに。
若い頃は,警官に押さえつけられても相手を蹴り続け,
脳振盪を起し倒れている相手でさえ,相手を"殺したりないくらい"の思いだった。

”武”は甚だ未熟でも,この数年で
自分の心の有り様がとてつもなく
"大きく"成長していたのです。
それは当然,多くの各流派の師範の伝道と言葉。
常に勉強させて頂いているからでしょう。

でもこれは絶対,そんな自身の努力で成就する筈がない!
誰の影響か!?ここまで自分を高く,
数年のうちに成長させてくれた方は,一体,誰だ?!

自分自身だけの努力や試行錯誤で人間が,
数年で自分でも驚くような境地になるなんて,
聞いたためしがない。自分の数年の短期間な
"努力”だけで,こんな思いに到達し得た話しを,私は一切知らない。
そもそも自分がそんな風に"敵を慕う"=相手を心配するなど皆無だった。
こんな敵相手への思いは,日本の武家社会の
武士達が・・何百年も前から祖先達が感じてきた日本人だけの持つ,
"世界に誇れる"固有の尊い志・・もしやこれを"残心"と呼ぶのか?!そんな,まさか?!!

自分は,深く愛しているひとがいた。
もう,痛みなどすっ飛んでいました!

電車内で,
怪我だらけの凄まじい痛みの中で
"苦笑い"していました。笑うしかない。
電車から降りても当然ながら,
足もいうこと効かずまともには帰宅できませんでした。

続きvol2は,いずれまた投稿します!
なんとか帰ってきて,負傷した左の膝を観たところ,やはり膝の皿の外皮がかなり損傷し,血に染まっていました。
"皿の骨"が露出しているのではと見当していましたが,外傷は"高度"ではありませんでした。問題は内部でした。
2.3枚目は顎の怪我で2日目と翌日の3日目(化膿してきたかな)といった画像です。自分が観ても本当に"気持ち悪い画像"ですので,クリックして,あまり観ない方が宜しいかと思います。

↑先述した整形外科にて腰のサポーターを処方して貰い,
長距離での車の運天や部屋の中で使用しています
していない時に比べてなかなか良いです。

【最後まで拝読して頂さったあなたへ・・】
私の経験談ではなくて"ストリート・ファイティング"の真髄とも云える,著名なアジア人の
緊張感溢れる"映像=演武を"あなた"にサプライズさせて下さい!
この映像はもう半世紀以上(50年)前のものとなるでしょう。世界の同志がつぶさに鮮明に編集し直され,
この動画だけでもYouTube上では2,000万回弱。よほどの事ない限り,削除される事はないでしょう。
非常に鮮明にデジタル映像化がされています!
この速度・重さ・対人応対力・ファイティングにおける真髄の極みは
半世紀経った今でも,色褪せず,評価せざるを得ません。この"映像は一切・早送りをしていません。
過去,先生の幾多の古いデータを観てきた私は,断言出来ます。
元データと同じ速度を感じさせ,事実と異なる編集は行われてないと,私個人的には思う次第です。

"手刀"の動画の項で既に触れましたが,
この映像のアジア人は全世界的に”人類"にとって貴重なリソース=資質です。
これは"映画"ではなく,これは武道界での"模範演武"の映像です。
主に中国拳法の"寸剄”の披露ではないでしょうか。中国拳法の"発勁"と呼ばれる、
中国武術の力の応用分析・発生方法と具体的分解の一部の"模範演武"といえるでしょう。

”映像"の詳細を述べてゆきます。
まず組み手を行っている一人目。先生は何を行っているか。これは"盲目"=全盲での"組手"演武となります。次に
組み手を行う予定の二人目。"一般の方"はご存じないかも知れませんが,これは試合以外では良くある事です。
"組み手”を行う前に既に"勝敗が決まる"=完全に先が"見えてしまう"ケースです。つまり組み手同士において,
何をやっても意味がない状態を示します。"負ける"側にとっても武術のレベル・スキルの物凄く高いひとほど,この見極め="見切り"は早いと思います。武道(武術)は実践に即しているからです。
これは21世紀の現代も同様です。極めて実践的な"見切り"とは,"逃げ切れる"のか,闘うのか,または徹底的に防御し,受ける事が可能か。この側面においては中国拳法と日本の伝統武道には共通した大事な点が多いかと存じます。
"見切り"は他武流派での交流界?では良くあるケースだと思います。
音が全く収録されていない映像ですが(元データがまずそうである),
おそらく中国武術の力の応用分析,即ち,"発勁"を分解・応用する事に依り,
"寸剄”の披露を行っている事とあくまで個人的には推察しています。
そうした武術(先生の截拳道つまり後のG・K・D="ジー・クンドー")を他流派の方へ分かり易く
説明しているシーンではないかと個人的に判断しています。

それでは,また♡!

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